【アウトソーシングほっとニュース】働き方の行方、本格議論へ:2026年秋に動き出した労働基準法改正議論と中小企業への影響
中小企業経営者の皆様、日々の人繰りや現場の調整に、頭を悩ませておられることと思います。実はいま、働き方のルールそのものが、大きく書き換えられようとしています。
令和8年(2026年)9月16日、厚生労働省の労働政策審議会(労働条件分科会)で、労働基準関係法制の見直しに向けた本格的な議論がスタートしました。「柔軟な働き方」と「健康の確保」のバランスを根本から問い直す、40年ぶりとも言われる大きな見直しです。
本記事では、これから経営者の皆様が向き合うことになる改正議論の全体像と、今から備えておきたいポイントを、できるだけわかりやすく整理してみたいと思います。
1. 「仕切り直し」からの再スタート ― ここまでの経緯と、これからの道のり
実は今回の議論、すんなりここまで来たわけではありません。一度立ち止まり、仕切り直しを経て、あらためて動き出したという経緯があります。少し振り返ってみましょう。
なぜ、一度「仕切り直し」になったのか
きっかけは、令和7年(2025年)10月に発足した高市内閣です。高市早苗首相は就任後まもなく、厚生労働大臣に対して「心身の健康維持と、働く人自身の選択を前提とした労働時間規制の緩和」の検討を指示しました。これまでの、労働時間を短くすることに重きを置いた施策から、方向を大きく切り替える指示でした。
この方針転換を受けて、当初は令和8年(2026年)の通常国会に提出される予定だった労働基準法の改正案は、令和7年12月、提出が見送られることになりました。成長戦略の議論を踏まえてあらためて検討する、という判断です。ここで議論は、事実上の仕切り直しとなりました。
そして令和8年(2026年)7月21日、「日本成長戦略」と「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」が閣議決定され、労働時間法制の見直しが成長戦略の中にはっきりと位置づけられます。これらを土台として、9月16日の労働条件分科会(第211回)から、本格的な議論が再開されたというわけです。今後は月に2〜3回というハイペースで審議が進められる方針が示されています。
これまでの経緯と、これからの見通し
・令和7年(2025年)10月:高市内閣が発足。首相が厚生労働大臣に、労働時間規制の緩和の検討を指示。
・令和7年(2025年)12月:令和8年通常国会への労働基準法改正案の提出を見送り。事実上の仕切り直しへ。
・令和8年(2026年)7月21日:「日本成長戦略」および「骨太の方針2026」を閣議決定。労働時間法制の見直しが成長戦略に位置づけられる。
・令和8年(2026年)9月16日:労働条件分科会(第211回)で本格的な議論がスタート。以後、月2〜3回のペースで審議へ。
・これから:議論の取りまとめを経て、改正案が国会に提出される見通しです。時期はまだ確定していませんが、令和8年後半から令和9年前半にかけての提出を見込む声が多く聞かれます。
この動きを、単なるルールの変更と受け止めてしまうのは、少しもったいないかもしれません。背景にあるのは、激しさを増す人材の獲得競争です。柔軟な労働時間制度をいち早く取り入れられる企業は、高度な専門職や優秀な若手を惹きつけていきます。一方で、旧来のままの管理にとどまる企業は、今いる大切な人材さえも他社に奪われかねません。「守り」ではなく「攻め」の視点で、優先順位の高い経営課題として捉えていただきたいところです。
2. 裁量労働制の見直しと、「柔軟な働き方」をめぐる労使の攻防
今回の議論の中で、最も重みを持つと見られているのが、裁量労働制の対象拡大と、変形労働時間制の要件緩和です。
労使の主張と、対立の軸
経営側は「生産性と柔軟性」を、労働側は「過重労働の防止」を旗印に、激しく意見を戦わせています。経団連は令和8年5月にも裁量労働制の拡充を求める提言を公表しており、これに対して労働側は、拡充は不要だと強く主張しています。
項目 | 経営側(経団連・日商)の要望 | 労働側の主張・懸念 |
裁量労働制 | 「専門業務型」「企画業務型」の対象を拡大し、自律的な働き方を促進すべき。 | 定額働かせ放題を助長し、健康リスクを高める。濫用防止措置の徹底が必要。 |
変形労働時間制 | 突発的な業務(他律的要因)に柔軟に対応できるよう、要件を緩和すべき。 | 労働者の生活時間や予見可能性を損ない、私生活の設計を難しくする。 |
中小企業にとっての「諸刃の剣」
日本商工会議所が求めている変形労働時間制の緩和は、急な受注への対応が求められる現場にとっては、たしかにありがたいものです。ただ、政府はあわせて「働く人にとっての予見可能性」、つまり先の予定が立てられることを重く見ています。
これからのキーワードは、「柔軟でありながら、先が読める」ことです。規制緩和のメリットを受け取るには、その分だけ丁寧な業務設計が求められる、ということでもあります。制度の運用があいまいなままだと、かえって離職を早める諸刃の剣になりかねません。ここは正直に、覚悟しておきたいところです。
3. 「つながらない権利」と勤務間インターバルの法的な位置づけ
デジタル化が進み、仕事と生活の境目が見えにくくなった今、議論の焦点は「どれだけ休めているか」という休息の質にも向かっています。分科会では、次のような論点が挙げられています。
①勤務間インターバル制度:現在の努力義務から、法的な位置づけを強める方向(義務化に向けた検討)。
②連続勤務規制:休みのない連勤を防ぐための、より厳しい基準づくり。
③つながらない権利:勤務時間外の連絡を断ることを、権利としてどう位置づけるか。
④テレワーク、副業・兼業:自社以外での労働も含めた、全体の健康確保措置をどう明確にするか。
もしこれらが法律上の義務になった場合、管理職のその場の判断による指示が、そのままコンプライアンス違反につながりかねません。
たとえば、管理職が夜にチャットやSNSで送る「明日でいいけど、確認しておいてね」という一言です。これが「つながらない権利」の侵害とみなされるようになれば、日々の業務の進め方そのものに、大きな制約が生まれます。
社内ルールを言葉にして明確にしておくこと、そして管理職の意識を変えていくことが大切です。これは、できればやったほうがよいことではなく、コンプライアンス上の必須要件になりつつあります。
4. 適切な労使コミュニケーションの構築 ― 過半数代表者制度の厳格化
36協定の締結など、労働基準法の運用の根幹を支えているのが「過半数代表者」です。この選び方の手続きが、法律のレベルで厳格化される見込みです。
法律に規定される見込みの厳格化事項
これまでのように施行規則を守ればよいというだけでなく、法律上の義務として、次のような体制づくりが求められる見込みです。
・選出手続きの適正化:選出方法や要件を、省令から法律へと格上げする。
・使用者の情報提供義務:働き方の実態や、選出に必要な情報を提供することを義務づける。
・便宜供与の義務化:労働時間中に、賃金を失うことなく活動できるようにするなどの配慮。
・不利益取扱いの禁止:代表者であることを理由とした不利益な取扱いの禁止を、法律に明記する。
・公正代表義務の明文化:代表者が「すべての労働者の公正な代表として手続を行うべき義務」を法律に規定する。
5. 年次有給休暇の実務変更と、今後の監督体制
日々の実務に直結する変更案も議論されています。こちらは、事務の負担やコストに直接響いてくる部分です。
実務上の変更点
・短期間労働者への取得義務:育休から復帰した方や退職予定の方など、付与期間が短い労働者に対して5日の時季指定義務をどう適用するかが議論されています。
・時間単位年休の上限:年5日という上限を見直す方向で検討されています。
・賃金計算の原則化:有給休暇を取得した日の賃金を、原則として「通常の賃金」に統一する案です。
監督体制の強化
労働基準監督署は、働き方改革推進支援センターと連携しながら、「重大・悪質な事案への厳正な対応」と「労使の合意にのっとったきめ細かな指導」の両立を図る方針です。
6. まとめ:中小企業が今から備えておきたい「次世代の労務管理」
今すぐ着手しておきたい2つのこと
①労働時間と裁量の実態調査:形だけの勤怠管理ではなく、それぞれの業務が「自分で進め方を決められる(裁量的な)仕事」なのか、「外部の都合に左右される仕事」なのかを見える化してみてください。これが、どの制度を選ぶかを判断する際の、確かな根拠になります。
②労使コミュニケーションの足場固め:過半数代表者の選出プロセスを今すぐ点検し、将来「正当に選ばれた」と説明できるだけの、実効性のある対話の体制を整えておきましょう。
今回の改正は、単なるルールの強化ではありません。言い換えれば、「働き方の多様性を、法律として認めていく」動きです。これまでの規制によって守る形から、選択によって守る形へと、考え方の土台そのものが移り変わろうとしています。
ハードルが上がる、と身構えるのではなく、健康経営を武器に多様な人材(副業をしている方やテレワーカーなど)を惹きつける、「選ばれる企業」へと変わっていく絶好の機会です。そう捉えて、攻めの労務管理へと舵を切っていただければと思います。
議論はこれから、月2〜3回のペースで一気に進んでいきます。動きがあるたびに、また分かりやすくお伝えしてまいります。一緒に備えていきましょう。
※本稿は令和8年(2026年)9月25日時点の情報に基づいています。審議の進展により内容が変わる可能性があります。
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。