【アウトソーシングほっとニュース】「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果」から読み解く、これからの労務管理の要諦
経営者・人事担当者の皆様は、いつも従業員の皆さんのために、労務管理に真摯に向き合っていらっしゃることと思います。
さて、厚生労働省から9月15日に公表された、令和7年度(令和7年4月〜令和8年3月)の「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果」は、経営に関わる皆様にとって、決して見過ごせない内容になっています。
この監督指導は、月80時間を超える時間外労働の疑いがある現場や、過労死等による労災請求が行われた事業場など、全国29,150事業場を対象に実施されました。そこで見えてきたのは、かなり厳しい実態です。対象となった事業場のうち、実に78.5%(22,882事業場)で何らかの法令違反が認められました。
この78.5%という数字の背後には、決して軽く見過ごせないリスクが潜んでいます。法令違反は、行政からのペナルティにとどまるものではありません。従業員の健康リスクと直結しており、企業の持続可能性そのものを脅かしかねない要因なのです。
本記事では、こうした厳しい現実をしっかりと見つめたうえで、企業がどのように法的リスクを避け、活力ある職場を築いていけるか、その具体的なポイントを一緒に見ていきたいと思います。まずは、今回の指導で特に焦点となった、長時間労働の危険な境界線から見ていきましょう。
違法な長時間労働の実態と100時間の断崖
今回の指導で、違法な時間外労働が確認された事業場は11,228にのぼります。その実態を紐解いていくと、企業が守るべき一線がどこにあるのか、はっきりと見えてきます。
労働時間の上限規制:原則と例外
働き方改革関連法により、時間外労働の上限は厳格に定められています。まず押さえておきたいのが、次の枠組みです。
●原則(限度時間):月45時間、年360時間
●臨時的な特別な事情がある場合(特別条項):
・年間の合計:720時間以内
・複数月平均:80時間以内(休日労働を含む)
・単月:100時間未満(休日労働を含む)
80時間の壁と100時間の断崖
違法な時間外労働があった事業場のうち、月80時間を超えていたのは4,991事業場(44.5%)でした。さらに見過ごせないのが、月100時間を超えていた事業場が2,842件(25.3%)にものぼるという事実です。
月80時間は、複数月の平均で超えると違反となる、いわゆる過労死ラインです。一方、月100時間は、たとえ特別条項を結んでいても、1分でも超えれば刑事罰の対象になり得る、いわば断崖のような境界線です。
ここを越えてしまうと、企業は重いペナルティだけでなく、過労死のリスクや労災請求という、取り返しのつかない事態を招きかねません。「忙しいから仕方ない」とこの断崖のふちを歩かせるのではなく、80時間・100時間を超えないための事前の仕組みづくりこそが、これからの採用力や定着率を左右する、経営そのものの戦略になってきています。
労働時間把握の不適正と「自己申告制」の盲点
労働時間を正しく把握することは、労務管理の土台です。しかし今回の指導では、4,045事業場(13.9%)で、その把握の不備が指摘されました。特に「自己申告制」を採用している6,517事業場において、実態との食い違いが目立つ結果となっています。
事例から学ぶ、客観的把握の大切さ
指導事例(事例3:河川管理業務)では、こうした食い違いが是正勧告につながったプロセスが、わかりやすく示されています。
【実態】労働者本人の自己申告とパソコンの使用ログを照合したところ、1時間以上の食い違いが、複数日にわたって見つかりました。
【問題】休日や年次有給休暇として処理されていた日にも、パソコンのログが残っていたにもかかわらず、会社側はその理由を把握しないまま、そのままにしていました。
このように、自己申告だけに頼った管理では、現場の気兼ねや少なめの申告を見逃してしまう温床になりかねません。
実務上、見直しておきたい3つのステップ
厚生労働省のガイドラインが求める「客観的な方法」での把握に向けて、次のステップで一度点検してみてください。
①客観的な記録を基本にする:タイムカードやICカード、パソコンのログなど、後から書き換えができない記録を、労働時間把握の基礎にします。
②ログと実態を突き合わせる:申告時間とパソコンのログにズレがある場合は、必ず理由を確認し、必要であれば労働時間を補正します。
③申告を妨げる社内の空気を取り除く:「上限があるからこれ以上は書けない」といった、正確な申告をためらわせる社内の雰囲気があれば、管理者自らが率先して取り除いていきましょう。
放置できない健康障害防止措置と安全配慮義務
法令違反のうち、20.3%(5,919事業場)を占めているのが「健康障害防止措置」の未実施です。これは、将来的に会社の経営を大きく揺るがしかねない、重い意味を持つ違反です。
医師による面接指導:法律上の義務と記録が持つ意味
月80時間を超える時間外・休日労働があり、疲労の蓄積が認められる労働者に対しては、医師による面接指導を行うことが、義務(労働者本人からの申出がない場合は努力義務)として定められています。
ここで、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。面接指導の記録が残っていないということは、万が一のトラブルが起きた際、会社が安全配慮義務を果たしていなかったと判断される、動かぬ証拠になってしまうという点です。裁判では、会社が適切な措置を講じていなかったという事実が、注意義務を怠った過失として、非常に厳しく評価されます。
ストレスチェック制度の対象拡大
メンタルヘルス不調を未然に防ぐことも、労務管理には欠かせない視点です。現在、従業員50人未満の事業場ではまだ努力義務にとどまっていますが、令和10年4月1日からは、50人未満の事業場でもストレスチェックの実施が完全に義務化されます。今のうちから、少しずつ体制を整えておくと安心です。
健康管理のための措置は、コストとしてではなく、会社の法的な責任を果たすための投資として、あらためて捉え直していただければと思います。
先進事例から学ぶ、長時間労働削減への具体的アプローチ
監督指導をきっかけに、あるいは自主的に改善を進めた企業の取り組みには、組織文化を変えていくためのヒントがたくさん詰まっています。これらの事例が教えてくれるのは、ITツールの導入そのもの以上に、「現場の負担をどう分かち合うか」という、組織全体での意識の変化が欠かせないということです。
事例①:ICT・RPAと「柔軟な休暇」の組み合わせ(化粧品製造販売業)
ある企業では、かつて月平均35時間だった残業を、5時間48分にまで大きく減らすことに成功しました。
・自動化の工夫:RPA(定型的なパソコン作業を自動で行う仕組み)を活用し、受注処理や労務チェックなど、200以上の定型業務を自動化しました。担当者一人ひとりと対話しながら丁寧に導入を進めたことが、成功の大きな要因になったそうです。
・休み方の変化:あわせて、平均で年8日だった年次有給休暇の取得日数を、年13日にまで引き上げました。時間単位の年次有給休暇制度を使いやすい環境に整えたことで、働きやすさが大きく変わったといいます。
事例②:建設ディレクター制度による負担の分かち合い(建設会社)
現場の管理者が抱えていた事務作業の負担を、切り離す仕組みをつくった事例です。
・分担の仕組み:クラウドを通じて、本社に勤務する建設ディレクターが、現場の書類作成や原価管理を代行します。
・段階的な導入:最初は現場から戸惑いの声もありましたが、まずはモデルケースとなる現場で効果を確かめてから、少しずつ全社に広げていきました。
・得られた効果:完全週休2日制に加えて、時間単位の年次有給休暇を活用することで、男性社員の育児参加もしやすくなりました。さらに、高齢の従業員向けの熱中症対策として、夏季休暇の導入も実現しています。
まとめ:人事担当者が今取り組むべきアクションプラン
令和7年度の指導結果を、ぜひ他山の石としていただきたく、人事責任者の皆様には、明日から次の3点に取り組んでいただければと思います。
①まずは自主点検から始める:労働基準監督官には、予告なしに、昼夜を問わずいつでも事業場に立ち入ることができる、強い権限が与えられています。指導を受けてから慌てるのではなく、客観的な記録に基づいて労働時間を把握できているか、36協定の上限(特に100時間という断崖)を守れているかを、まずは自分たちの目で確認してみてください。
②公的な支援や助成金を活用する:労働時間短縮・年休促進支援コースなどの助成金は、生産性向上のためのシステム投資(積算システムなど)を行う際のハードルを下げてくれます。コストを抑えながら、環境整備を進める有効な手段としてぜひご検討ください。
③「健康を守ることは、会社を守ること」という意識を持つ:従業員の健康を守ることは、会社の大切な資産を守ることと同じ意味を持ちます。面接指導やストレスチェックを形だけの事務作業にせず、実際に機能する健康管理の体制を、ぜひ整えていってください。
従業員が安心して、健やかに働ける職場をつくること。それが巡り巡って、会社の採用力を高め、持続的な成長を支える、何よりの力になります。私たち社会保険労務士も、皆様がこの課題を乗り越え、より良い企業文化を築いていかれるよう、これからも全力で伴走してまいります。
出典:長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果を公表します(厚生労働省)
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。