【アウトソーシングほっとニュース】パートタイム・有期雇用労働法をめぐる指針・省令改正と人事労務の戦略的対応
令和8年(2026年)10月1日、日本の労働現場にとって大きな転換点となる、パートタイム・有期雇用労働法をめぐる指針・省令の改正が施行されます。ここで一つ、正確に押さえておきたい点があります。パートタイム・有期雇用労働法という法律そのものの条文が変わるわけではありません。今回改正されるのは、同法に基づいて厚生労働省が定める「同一労働同一賃金ガイドライン(告示)」と、労働条件の明示事項などを定める「施行規則(省令)」です。とはいえ、現場での実務対応という観点では、法改正に匹敵するくらいのインパクトがあると考えていただいて差し支えありません。
「また新しいルールか」と身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の改正は単なる事務手続きの変更ではありません。その本質は、同じ会社で働く正社員と非正規雇用労働者との間にある「不合理な待遇差」を、これまで以上にきちんと解消していきましょう、というメッセージにあります。
今回、特に注目していただきたいのが、厚生労働省が労働者向けに作成したリーフレットのタイトルです。「職場での待遇に疑問を感じたら、労働局にご相談を」――行政が労働者お一人おひとりに向けて、こんなにも直接的な言葉で呼びかけているのです。これは、これまで会社と労働者の間にあった情報の差を、行政が積極的に埋めにいこうとしている表れだと言えます。つまり、社内でしっかり説明を尽くさなければ、労働者の方が疑問を抱えたまま外部の労働局へ相談に向かってしまう、というケースが今まで以上に起こりやすくなったということです。
だからこそ、待遇差の理由をあいまいにしたままにしておくことは、これからは難しくなります。少し視点を変えてみると、これは決して怖い話ばかりではありません。待遇の透明性を高め、労働者の方が納得して働き続けられる環境をつくることは、人材の獲得競争が激しくなっている今だからこそ、他社に一歩先んじるための前向きな投資にもなります。この記事では、改正のポイントを一つずつ、できるだけわかりやすく整理していきますので、どうぞ最後までお付き合いください。
1. 雇い入れ時の労働条件明示:新たに求められること
企業と労働者の信頼関係は、雇用契約を結ぶその瞬間から始まります。今回の省令改正では、まさにこの「入り口」の場面で、会社が果たすべき説明責任がより具体的に定められました。
新しく明示が必要になること
これまでも、昇給・退職手当・賞与・相談窓口の4項目については、労働条件通知書などの書面で明示することが義務づけられていました。これに加えて、今回からは次の一文も明示しなければならなくなります。
・「正社員(通常の労働者)との待遇の相違の内容やその理由について、説明を求めることができる」旨
言葉だけだとイメージが湧きにくいかもしれませんので、具体的な記載例をご紹介します。
〈労働条件通知書の記載例〉
次の窓口に対して、正社員(通常の労働者)との間の待遇の相違(内容・理由)等について説明を求めることができる。
部署名:人事部人事課 担当者職氏名:課長 社会太郎 (連絡先:03-xxxx-xxxx)
「正社員(通常の労働者)」という表現は、自社での呼び方(正社員、正職員など)に置き換えていただいて構いません。また、ここで大切なポイントは、部署名だけでなく、担当者のお名前や役職まで具体的に書いておくことです。「誰に聞けばいいのか分からない」という状態をなくすことこそが、この改正の狙いだからです。
もし対応が遅れてしまうと
この明示義務を果たさなかった場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。もちろん書類の整備は急ぎたいところですが、それ以上に大切なのは、労働者の方が「誰に、何を聞けばよいのか」をきちんと分かる状態にしておくこと。それが、社内でのすれ違いを未然に防ぐ一番の近道になります。
2. 「同一労働同一賃金ガイドライン」の改正:手当・福利厚生をあらためて見直す
最高裁判決などの流れを踏まえて、ガイドラインの内容も刷新されました。実務でとりわけ気をつけていただきたいのが、手当と福利厚生の設計です。
ここで少しだけ専門用語にお付き合いください。「均衡待遇」とは、それぞれの待遇の性質や目的に応じて、バランスの取れた扱いをすることを指します。一方「均等待遇」は、正社員と同じ条件の労働者を差別的に扱ってはいけない、という考え方です。難しく感じられるかもしれませんが、要は「なぜその待遇に差があるのか、きちんと理由を説明できるかどうか」がポイントだと捉えていただくと分かりやすいと思います。
支給の「目的」に立ち返って考える
これからは、「正社員だから」という理由だけでは、待遇差の説明として十分ではなくなります。手当ごとに、その目的に立ち返って考えてみましょう。
・住宅手当:転居を伴う配置転換があるかどうかを基準に支給しているのであれば、非正規雇用労働者であっても、同じように転居を伴う異動があるのなら、同じ手当を支給する必要があります。
・褒賞(永年勤続表彰など):一定期間勤続したことに対して贈るものであれば、同じ期間勤続した非正規雇用労働者にも、正社員と同じように贈る必要があります。
・家族手当/無事故手当:継続的な勤務が見込まれる場合や、業務内容が正社員と変わらない場合は、同じように支給することが求められます。
・夏季冬季休暇/病気休職:継続勤務が見込まれる場合、正社員に給与保障のある休職制度があるなら、非正規雇用労働者にも同じ保障が必要になります。
「正社員確保のため」という理由だけでは足りません
「正社員の採用や定着のために手当を出している」という説明を、これまで多くの会社がされてきたかと思います。しかし、改正されたガイドラインでは、この理由だけでは「不合理ではない」とは言い切れない、という厳しめの姿勢が示されました。それぞれの手当について、「何のために、どんな性質のものとして支給しているのか」を一つひとつ丁寧に説明できるかどうかが、これからの分かれ目になります。
3. 雇用管理の改善と「労使対話」を深めること
今回の一連の改正が求めているのは、待遇の金額を揃えることだけではありません。そもそも賃金がどのように決まっているのか、そのプロセス自体の透明性を高めていくことも大切な目的の一つです。
職業能力開発と公正な評価
非正規雇用労働者の方にも、職業能力開発促進法が適用されることを、あらためて意識していただければと思います。必要な教育訓練の機会をきちんと確保し、日々の職務の内容や成果、積み重ねてきた経験を公正に評価して、それを昇給や賃金にきちんと反映させる仕組みを整えていくことが求められています。
過半数代表者を、きちんとした手続きで選ぶこと
就業規則の作成や変更にあたって意見を聴く「労働者代表」の選び方にも、あらためて目を向けてみてください。
・会社側の意向で選ばれた人ではないこと
・投票や挙手など、きちんとした手続きを経て選ばれていること
もし経営側が指名するような、実質的に形だけの選出になっていると、就業規則そのものの有効性が問われてしまうリスクがあります。代表者の方が業務をスムーズに進められるよう、必要なスペースや機器を用意するといった配慮も忘れずに行っていただきたいところです。
求められる前に、こちらから説明する姿勢を
ガイドラインでは、労働者から求められる前に、契約更新のタイミングなどで会社側から資料を提示するような、前向きな姿勢が推奨されています。個人情報保護の観点から資料をそのままお渡しするのが難しい場合でも、「後から見返せるようにしておく」といった工夫で対応することが求められています。
4. 10月の施行に向けて、いま取り組んでおきたい3つのこと
令和8年10月の施行まで、人事担当者の皆さまに進めていただきたいことを、3つのステップに分けてご紹介します。難しく考えすぎず、一つずつ着実に進めていただければ大丈夫です。
① 労働局の視点で、まず自社を診断してみる
厚生労働省が公開している「労働者向けチェックシート」を、あえて経営・人事の側から使ってみることをお勧めします。労働者の方が労働局に相談に行った際、実際にどんな点がチェックされるのかをあらかじめ知っておくことで、自社の弱点を客観的に把握することができます。
② それぞれの待遇の「目的」を、言葉にして残しておく
各種手当や賞与が「何のために」支払われているのかを、あらためて言語化し、社内資料としてまとめておきましょう。これが、いざ説明を求められたときの、何よりも心強い備えになります。理由がはっきりしない手当があれば、この機会に整理したり、まとめ直したりすることも検討してみてください。
③ 助成金を活用して、賃金体系そのものを見直す
対応にかかる費用の負担をできるだけ抑えるためにも、「キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)」の活用をぜひ検討してみてください。特に「職務分析・職務評価」を取り入れて基本給の設計を行うと、加算措置を受けられる場合があります。働き方改革推進支援センターなど、外部の専門家による無料支援も上手に組み合わせながら、今回の対応を、単なる負担ではなく、組織の土台を強くする機会に変えていきましょう。
5. さいごに:透明性の高い組織が、選ばれる企業になる
「同一労働同一賃金」への対応を、単にルールで決められたことをこなすだけと考えてしまうのは、少しもったいないことだと思います。
厚生労働省の調査によれば、自身の待遇について「すべての内容に納得できた」と感じている労働者の約75%が、今の仕事に高い満足度を感じているというデータがあります。その一方で、不利益な扱いを受けるのではと不安を感じ、説明を求めることをためらっている労働者の方が今も少なくないことも事実です。
会社が誠実に、そして分かりやすく待遇の理由を伝えようとする姿勢は、働く方々の会社への信頼や愛着を大きく高めてくれます。そしてそれは、将来起こりうるトラブルを未然に防ぐ、何よりの備えにもなります。今回の改正を、労使の対話をより深めていくための良い機会として前向きに捉え、自信を持って新しい制度への移行を進めていってください。誠実な対応を積み重ねていくことこそが、これからの時代に選ばれる企業への確かな一歩になるはずです。
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。