【アウトソーシングほっとニュース】「守り」から「攻め」の労務へ ~2026年、人事労務が向き合うべき変化~
2026年現在、日本の労働市場は「人手不足の常態化」と「AIの普及」という、二つの大きな変化が同時に進んでいます。こうした環境の中で、人事労務部門には、これまでの日々の事務を滞りなく進めるという役割に加え、経営戦略を人材の面から支える戦略パートナーとしての役割が、少しずつ求められるようになってきています。
本記事では、パーソル総合研究所が発表した「人事部トレンド定量調査2026」(内資系企業を中心とした1,934社が対象)の結果をもとに、これからの人事労務が押さえておきたい変化について、できるだけわかりやすい言葉でご紹介します。日々忙しくされている人事ご担当者様が、自社の取り組みを振り返るきっかけとなれば幸いです。
1. 人事課題の重心移動:「採用」から「定着・活躍支援」へ
2021年の前回調査と比較すると、人事課題の重心は「人材の獲得」から「人材の維持・活用」へと移ってきています。2026年調査における人事課題の上位は、次の3点です。
・従業員満足度・エンゲージメントの向上(36.0%)
・最適な人員配置(35.7%)
・従業員の定着/離職防止(35.6%)
これは、労働力の確保が難しくなる中で、採用できれば解決という考え方だけでは立ち行かなくなっていることの表れといえます。また、2021年と比べてメンタルヘルス対策や長時間労働の是正への関心も高まっており、こうした健康管理や法令遵守の取り組みは、単なるリスク対応にとどまらず、従業員が長く力を発揮し続けられる環境づくりとしても、あらためて重要性を増しています。
2. 人事部の関与領域:実務と戦略のあいだにある距離
経営層からの期待が高まる一方で、人事部門が実際にどこまで経営に近い意思決定に関わっているかを見ると、まだ距離があることが分かります。
領域 | 人事部門が主導している割合 |
新卒採用 | 79.1% |
中途採用 | 61.2% |
人事考課・評価の調整 | 48.5% |
組織戦略の策定 | 14.5% |
経営戦略・事業戦略の策定 | 14.4% |
DX・AI活用の推進 | 9.0% |
採用や評価といった実務領域では高い主導権を持っている一方、DXの推進や経営戦略の策定といった分野への関与は、これから広げていく余地が大きいといえます。この背景には、次のような事情があると考えられます。
・専門知識を持つ人材が不足している(45.2%)
・日々の実務に追われ、人員に余裕がない(44.6%)
・これまでの運用を維持することが優先されがちな組織風土(39.7%)
こうした状況を変えていくためには、まず日常の労務実務をできるだけ効率化し、あわせてアウトソーシングなども活用しながら、企画や提案に充てられる時間を少しずつ確保していくことが現実的な進め方になるかと思います。
3. トレンド①:AI活用の広がりと人員構成の変化
2026年、AIの活用は単なる業務効率化のツールという枠を超え、企業の職種構成そのものにも影響を与え始めています。AI活用が進んでいる企業では、次のような人員見込みの違いが見られます。
職種カテゴリ | 見込み |
一般事務系職種 | 42.5% が「削減」を見込む |
デジタル・IT系専門職 | 56.3% が「増員」を見込む |
これは、事務作業に充てていた人的資源を、より専門性の高い業務にシフトしていく動きと捉えることができます。なお、人事部門自身のAI活用は日常的に行っている企業で約4割(39.2%)にとどまり、その内容も一般的な事務作業が中心のようです。今後は、離職の兆候をつかむための分析や、スキルのギャップを踏まえた配置検討など、人事・労務の意思決定を後押しする使い方も選択肢に入ってくるかと思います。
あわせて、AI活用に伴う「情報漏洩のリスク」(34.8%)や「情報の正確性」(29.9%)を課題として挙げる企業も一定数あります。就業規則にAI利用に関するルールを追加したり、社内向けの利用ガイドラインを整えたりといった準備も、あわせて検討いただくとよいでしょう。
4. トレンド②:賃上げの判断基準に見られる変化
賃上げを予定・実施している企業は73.0%にのぼり、その判断基準にも変化が見られます。「業績の良し悪し」を理由に挙げる企業は2022年比で23.3ポイント減少しており、代わって次のような要素が上位に挙がっています。
賃上げの判断要素(上位) | 割合 |
物価動向 | 29.7% |
従業員の離職防止 | 26.2% |
優秀人材の採用強化 | 24.0% |
賃金は、業績に応じた配分というより、人材を確保し、定着してもらうための投資という位置づけに変わりつつあるようです。あわせて、「処遇の市場化」も進みつつあり、管理職について市場相場を踏まえた賃金見直しを行っている企業は57.1%にのぼる一方、「昇格・降格の基準が明確に共有されている」企業は22.2%にとどまっています。一律のベースアップだけでなく、外部の市場水準や貢献度を踏まえた、メリハリのある処遇を検討する企業が今後も増えていくと考えられます。
5. トレンド③:働き方改革が管理職に与える影響
残業削減やフレックスタイムなど、働き方改革の取り組みが進む一方で、その影響として「管理職への負担が増えた」と回答した企業は40.7%にのぼります。特に、残業削減の取り組みが多い企業ほど、その割合は高くなる傾向があります(施策が多い企業で51.2%、少ない企業で25.7%)。
こうした状況が続くと、次のような影響が懸念されます。
・管理職がプレイング業務に追われ、部下の育成に充てる時間が取りにくくなる
・管理職自身の負荷が高まり、部下の体調変化に気づく余裕が持ちにくくなる
・日常的な対話の機会が減り、ノウハウの共有が滞りやすくなる
制度としての働き方改革を進めるだけでなく、業務量そのものの見直しや、管理職の役割分担の再整理もあわせて行うことで、現場によりよい形で浸透していくと考えられます。
6. 業績とのつながりが見えてきた「5つの取り組み」
今回の調査では、人事部門の戦略的な関わりが強い企業ほど、業績が良い傾向にあることも示されています。人事の戦略的パフォーマンスが高い企業は、そうでない企業に比べて、売上高が増加した割合が23.5ポイント、利益率が増加した割合が28.4ポイント、それぞれ高くなっています。
こうした企業に共通する取り組みとして、次の5つが挙げられています。
①職務範囲の脱・属人化
職務内容を明文化し、「人」に仕事をつけるのではなく、「仕事」に必要な人材を割り当てる考え方に近づけていくこと。
②処遇の市場化
市場相場や本人の貢献度を踏まえ、報酬にメリハリをつけること。評価・昇降格の基準を、社内で分かりやすく共有していくことも大切です。
③自律的キャリア選択
社内公募など、従業員が主体的にキャリアを選べる仕組みを整えること。
④社内・社外の雇用流動化
副業・兼業の解禁や、フレックス制度など、柔軟な働き方・雇用形態を整えていくこと。
⑤タレントデータの一元化
経験や勘に頼った配置だけでなく、データに基づいた配置・育成の判断ができる体制を整えること。
これらは一つひとつを個別に進めるより、自社の人材マネジメント方針の中に位置づけ、一貫性を持って運用していくことが望ましいとされています。
おわりに:これから取り組んでいただきたい5つのこと
2026年は、人事労務のあり方を見つめ直す一つの節目といえます。社会保険労務士として多くの企業の現場に接する中で感じるのは、人事部門が経営に近い立場で関わるようになった企業ほど、現場に活力が生まれやすいということです。今回の調査結果を、自社の取り組みを振り返るきっかけとしてお役立ていただければ幸いです。
最後に、明日からの実務に活かしていただきたい5つのポイントをまとめます。
1.人事の方針をあらためて言葉にする
自社の人材戦略の軸となる考え方を整理しておきましょう。
2. HRBP(人事ビジネスパートナー)の視点を持つ
人事部門と事業現場との距離を縮め、人材戦略を事業の状況に合わせていきましょう。
3. 人材データを整理し、活用できる形にする
配置や育成の判断が、データに基づいて行える体制を整えましょう。
4. 経営層との対話の機会を増やす
事業の状況に沿った言葉で、人事の課題や提案を伝える工夫をしてみてください。
5. 処遇と市場価値のズレを定期的に確認する
優秀な人材に長く力を発揮してもらうため、処遇を見直すタイミングを設けましょう。
人材にまつわる課題は、すぐに解決できるものではありませんが、現状を丁寧に振り返り、優先順位をつけて取り組んでいくことが、企業の持続的な成長にもつながっていきます。制度設計や運用面でお悩みの点がございましたら、私どもまでお気軽にご相談ください。
出所:パーソル総合研究所「人事部トレンド定量調査2026」
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。