【社エス通信】2026年8月号 令和7年度「過労死等の労災補償状況」から見えてくること
目次

1. はじめに
令和7年度に厚生労働省から公表された「過労死等の労災補償状況」について、人事労務を担当されている方に向けて、内容をわかりやすくご紹介します。
過労というと、以前は体力的な負担や長時間労働をイメージすることが多かったと思いますが、近年は働き方や職場環境の変化とともに、心の負担が大きな課題になってきています。
過労死等防止対策推進法における「過労死等」とは、仕事による過重な負荷が原因となって起こる脳血管疾患や心臓疾患、あるいは強い心理的負荷による精神障害(それらが原因で亡くなられた場合や、自殺に至った場合を含みます)を指します。企業の安全配慮義務も、体の安全を守るだけでなく、従業員の心の健康まで含めて考える時代になってきていると言えます。
令和7年度で特に目を引くのは、過労死等に関する労災請求件数が6,212件(前年度より1,402件増加)と、大きく増えている点です。この増加は、心の健康やハラスメントに対する意識が社会全体で高まり、これまで一人で抱え込まれていた不調が、少しずつ声として上がるようになってきたことの表れと考えられます。
人事担当の方にとって大切なのは、「この数字をどう受け止め、これからどう対応していくか」という視点です。請求件数が増えているということは、それだけ審査を待つ案件が増えているということでもあり、認定された場合の対応や、企業としての信頼への影響も含めて、備えておく必要があります。このレポートでは、社会保険労務士の立場から、このデータをどのように読み解き、日々の労務管理に活かしていただけるかをお伝えします。
2. 精神障害の労災認定 ― 7年連続で過去最多に
近年、人事担当の方が特に気にかけておきたいのが精神障害に関する労災です。令和7年度のデータからは、メンタルヘルスの不調が一部の方だけの問題ではなく、職場全体で向き合うべき課題であることがうかがえます。
2.1 請求・認定件数の推移と、認定率だけでは見えないこと
精神障害の労災請求件数は4,958件、支給決定(認定)件数は1,082件となり、7年連続で過去最多を更新しました。認定率は28.2%で、数字だけを見ると3割弱に感じられるかもしれません。ただ、認定に至らなかった残りの案件についても、その後、安全配慮義務をめぐる話し合いや訴訟に発展することもあり、請求があった時点で、すでに従業員との信頼関係に何らかの課題が生じているケースが多いと考えられます。

2.2 業種・職種別に見えてくる傾向
業種別では、「医療、福祉」の請求数(1,288件)および支給決定数(292件)が多く、なかでも「社会保険・社会福祉・介護事業」の請求数は706件にのぼります。人手不足が続くなかで、人と向き合う仕事の負担が積み重なっている様子がうかがえます。
また、「製造業(158件)」や「卸売業、小売業(116件)」も高い水準となっています。納期に関するプレッシャーや、複雑化するお客様対応(後ほど触れるカスタマーハラスメントなど)が、現場を支える方々に負担をかけていることが考えられます。
業種を細かく見た「中分類」でも、負担の大きい現場が具体的に浮かび上がります。令和7年度に精神障害の支給決定件数が多かった業種の上位は、次のとおりです。
業種(中分類) | 支給決定件数(令和7年度) |
社会保険・社会福祉・介護事業 | 151件 |
医療業 | 139件 |
道路貨物運送業 | 68件 |
総合工事業 | 51件 |
飲食店 | 45件 |
2.3 幅広い年代に見られる傾向
年代別では40代が294件と最も多く、組織の中核を担う世代への影響が心配されます。あわせて20代(236件)や19歳以下(11件)といった若い世代にも広がっている点は見過ごせません。ハラスメントについての知識や情報を早い段階から得ている世代が増え、これまで「指導」として行われてきた厳しい対応を、そのまま受け入れにくくなってきているという背景もあるようです。
3. 精神障害の労災認定基準 ― ハラスメントとの関係
なぜ精神障害の労災が増え続けているのか。その手がかりは、認定理由となった「出来事」の内容にあります。
3.1 認定理由の上位に挙がるもの
認定された事案のうち、原因の1位は「パワーハラスメント(222件)」でした。次いで、「カスタマーハラスメント」と「セクシュアルハラスメント」がいずれも127件と、同じくらいの件数となっています。パワハラが引き続き上位にあることからは、管理職の方々への教育やフォローが、働き方や価値観の変化に十分追いついていない職場がまだ多いことがうかがえます。あわせて、カスハラの件数が増えていることも、従業員を守る仕組みづくりの必要性を示していると言えるでしょう。

3.2 「特別な出来事」と「業務による強い心理的負荷」
人事担当の方には、労災認定の判断で使われる「心理的負荷による精神障害の認定基準」について、大まかにでも知っておいていただきたいと思います。
「特別な出来事」とは、生死に関わるような重大な事故に遭遇した場合など、一度の出来事だけで心理的負荷が「強」と判断されるものです。
一方、パワハラや業務量の変化、配置転換といった日常的な負荷は「共通の出来事」として扱われ、その強さと続いた期間(目安として概ね6か月間)、そして会社としてどのような対応をとったかを総合的に見て、「強・中・弱」の評価が行われます。
つまり、一度の出来事だけでなく、「負荷が続いているのに、会社として改善の手を打てていなかった」という点が、最終的な評価に大きく影響してくるということです。
3.3 審査期間の長さについて
今年度は、平均の審査期間が8.2か月となっています。この間、申請された方は経済的な不安を抱えながら結果を待つことになり、会社側も労災として認定されるかどうかわからないまま対応を続けることになります。この待機期間が長くなるほど、職場内で不安や不信感が広がりやすくなるため、審査結果を待つ間の従業員へのフォローも、企業として大切にしていただきたいポイントです。
4. 脳・心臓疾患の労災認定 ― 運送業に見られる厳しい状況
続いて、命に関わる脳・心臓疾患の状況についてお伝えします。
4.1 全体の件数について
令和7年度の脳・心臓疾患の請求件数は1,254件(前年度より224件増加)、支給決定件数は217件(前年度より24件減少)でした。死亡件数は67件と、依然として高い水準にあります。脳・心臓疾患は精神障害とは異なり、発症してしまうと命に関わる、あるいは重い障害が残る可能性が高い点で、より重く受け止める必要があります。

4.2 「道路貨物運送業」の厳しい実態
業種別で特に厳しい状況にあるのが、「運輸業、郵便業」のなかでも「道路貨物運送業」です。
・請求件数:179件(うち死亡61件)
・支給決定件数:50件(うち死亡20件)
このように「死亡」が身近な数字として表れている業種は、他にあまり見られません。職種別でも「自動車運転従事者」の支給決定が53件と最も多くなっています。いわゆる「2024年問題」により労働時間の見直しが進められていますが、人手不足を補うためにドライバー一人あたりの負担が依然として大きい実態がうかがえます。
脳・心臓疾患についても、業種を細かく見た「中分類」で支給決定件数が多かった上位は、次のとおりです。
業種(中分類) | 支給決定件数(令和7年度) |
道路貨物運送業 | 50件 |
その他の事業サービス業 | 15件 |
飲食店 | 13件 |
その他の小売業 | 11件 |
設備工事業 | 10件 |
4.3 管理職にも見られるリスク
意外に思われるかもしれませんが、「管理的職業従事者」の支給決定は22件で、うち死亡は9件と、事務職や専門職と比べても高い割合となっています。上からの目標と現場との間で板挟みになりやすい管理職の方々の負担にも、あわせて目を向けていただきたいところです。
5. 脳・心臓疾患の認定基準 ― 労働時間だけでは測れないもの
脳・心臓疾患の認定においては、労働時間の長さが一つの目安として使われますが、実際の基準はそれだけではありません。
5.1 いわゆる「過労死ライン」について
基本的な目安は次のとおりです。
・発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働があった場合
・発症前2〜6か月の平均でおおむね80時間を超える時間外労働があった場合
ただ、人事担当の方に知っておいていただきたいのは、時間外労働が80時間未満でも認定されたケースがあるということです。令和7年度には、「60時間以上80時間未満」の層で53件の認定(発症前1か月の評価が5件、2〜6か月平均の評価が48件)が出ています。
5.2 労働時間以外の負荷要因もあわせて考える
80時間未満でも認定される背景には、労働時間以外の負荷要因も考慮されるという基準があります。
・勤務時間の不規則さ:拘束時間の長さ、休日の少なさ、勤務間インターバルの短さ、不規則な交代制など
・出張の多さ:慣れない環境での移動や宿泊
・作業環境:騒音や急激な温度変化など
「残業代をきちんと払っているから」「月80時間には届いていないから」といった形式的な管理だけでは、十分な備えとは言えません。契約社員で17件、パート・アルバイトで11件の認定が出ていることからも、雇用形態にかかわらず、すべての従業員の健康管理に目を配ることが大切だとわかります。
6. 新しい働き方と労災リスク ― 裁量労働制と複数就業
働き方が多様になるなかで、これまでの時間管理の考え方だけでは対応しきれない場面も出てきています。
6.1 「複数業務要因災害」― 自社以外での負荷も考慮される
副業・兼業が広がるなかで、意外と見落とされがちなのが「複数業務要因災害」という考え方です。これは、二つ以上の職場での業務負荷を合わせて評価する制度です。令和7年度の支給決定事例では、脳・心臓疾患で7件、精神障害で4件が認定されています。自社での残業が月30時間程度であっても、他社と合わせると80時間になるようなケースでは、労災として認定されることがあります。従業員の副業について、届出を受け取るだけでなく、全体の労働時間がどのくらいになっているか、あわせて気にかけていただくとよいかと思います。

件数自体はまだ多くありませんが、5年間で着実に増えている点は見過ごせません。副業・兼業が広がるほど、今後さらに件数が増えていくことも考えられます。
6.2 裁量労働制 ― 専門業務型で見られる精神障害
裁量労働制の対象となっている方の認定状況も見ておきたいところです。
・精神障害:9件(すべて専門業務型)
・脳・心臓疾患:2件(専門業務型と企画業務型が1件ずつ)
「本人の裁量に任せている」という制度の建前だけでは、労災の判断において十分な説明にはなりません。専門性の高い仕事だからこそ、業務のやり切りを個人の責任として抱え込みやすく、気づかないうちに負荷が積み重なってしまう傾向があるようです。企画業務型でも脳・心臓疾患による死亡事案が1件あり、裁量労働制の対象者こそ、より丁寧な健康管理が必要だと考えられます。
7. まとめ ― 人事担当の方に取り組んでいただきたいこと
令和7年度の報告書は、他社の話ではなく、自社にとってもヒントになる内容だと捉えていただけたらと思います。ここでは、今後の取り組みとして参考にしていただきたい点をまとめます。
7.1 ハラスメント対策を、あらためて見直す
精神障害の原因の1位であるパワハラをなくしていくには、形だけの研修では十分とは言えません。ハラスメントを「個人の問題」ではなく「組織として向き合うべき課題」として位置づけ、相談窓口の安心感を高めるとともに、ハラスメントが確認された場合の対応方針を、社内にしっかり周知していただければと思います。あわせて、負担が大きい傾向にある「介護事業」や「道路貨物運送業」などの現場では、カスハラへの対応を含めた業務マニュアルの見直しもおすすめします。
7.2 労働時間だけでなく、疲労にも目を向ける
「80時間未満」でも認定されるケースが出ていることを踏まえ、残業時間の管理だけでなく、勤務間インターバル(休息時間)の確保についても、社内制度として整えていただければと思います。特に深夜勤務や出張の多い職種については、健康管理ツールなどを活用しながら、疲労の蓄積を早めに把握できる仕組みづくりが役立ちます。
7.3 審査期間が長引くことへの備え
平均審査期間が8.2か月というデータを踏まえると、労災の申請から結果が出るまでの間、従業員が生活面で困らないよう、私傷病休職制度の充実や、所得を補う民間保険の活用なども検討していただくとよいかもしれません。また、復職の際には産業医と連携しながら、体調の回復だけでなく、不調の原因となった職場環境がきちんと見直されているかどうかも、あわせて確認していただければと思います。
7.4 おわりに ― 従業員の健康を守ることは、会社を守ること
労災対策にかけるコストは、万が一のトラブルや損害賠償、採用への影響を考えると、決して無駄なものではなく、むしろ会社を守るための大切な投資だと言えます。従業員の健康を大切にすることは、働く方々に長く安心して勤めていただくことにもつながり、会社の将来を支える土台になります。
本記事を、日々の労務管理を見直すきっかけとして、少しでもお役立ていただければ幸いです。
この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員