【アウトソーシングほっとニュース】賃上げを「コスト」から「投資」へ変える~中小企業のための支援策活用ガイド~
令和7年度の最低賃金は、全国平均で前年より66円引き上げとなりました。過去最大の上げ幅です。
「また上がった……うちはどうすれば」と感じている経営者・人事担当者の方も多いと思います。その気持ちは、よく理解できます。でも、少し立ち止まって考えてみてください。
賃上げを「仕方なく払うコスト」として捉えると、毎年ただ苦しくなるだけです。一方、「優秀な人材を引き寄せ、会社を成長させるための投資」と捉え直すと、見える景色が変わります。
そして実は、この「投資」を後押しするための支援策が、国からたくさん用意されています。うまく使えば、賃上げの負担をかなり軽くしながら、職場の体力を高めることができます。
本記事では、その具体的な方法を順を追ってご説明します。
1.まず「賃上げの原資」をつくる——生産性向上の助成金
賃上げを継続するには、稼ぐ力を高めることが欠かせません。そこで活用したいのが、設備投資や業務効率化を後押しする助成金です。
①業務改善助成金
「機械やITを入れて、賃金も上げる」を補助してもらえる制度です。
POSレジや特殊車両の導入、外部コンサルタントの活用など、生産性向上につながる設備投資を行い、あわせて事業場の最低賃金を引き上げた場合に、その費用の一部が助成されます。
ポイント | 内容 |
助成率 | 最大4/5(現在の最低賃金が時給1,050円未満の場合) |
上限額 | 最大600万円(引き上げ額・対象人数による) |
対象費用 | 機械設備、ITツール、コンサルティング費用など |
具体的なイメージ:POSレジを導入して在庫管理の手間をなくす→空いた時間でスタッフが接客の質を上げる→売上が伸びる→その分を賃金に還元する。このサイクルが回り始めると、賃上げは「出ていくだけのお金」ではなくなります。
②キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)
パート・アルバイト・派遣の賃金を上げると、1人あたりお金がもらえる制度です。
非正規雇用の方(有期雇用・短時間・派遣)の基本給を3%以上引き上げた事業主に対して、以下の金額が助成されます。
賃金の引き上げ率 | 助成額(1人あたり) |
3%以上4%未満 | 4万円 |
4%以上5%未満 | 5万円 |
5%以上6%未満 | 6万5,000円 |
6%以上 | 7万円 |
「ただ賃金を上げる」だけでなく、「職務評価を行って賃金規定を整える」「昇給制度を新しく設ける」と追加の加算が受けられます。
制度を整えること自体が、社員の定着率向上にもつながります。
2.「払う税金・利子」を減らす——税制優遇と金融支援
助成金で現金を受け取るだけでなく、税金や利子の負担を減らすことも、実質的な賃上げ原資の確保につながります。
設備投資の税負担を大幅に軽くする
「経営力向上計画」を策定して国の認定を受けると、中小企業経営強化税制が使えるようになります。
対象の設備を導入した場合、即時償却(設備費用を全額その年の費用として計上)または税額控除(最大10%)を選べます。本来数年かけて回収するはずだった投資コストを、一気に取り戻せるイメージです。
固定資産税が最大75%減になる
「先端設備等導入計画」を策定し、賃上げ方針を盛り込むことで、設備に対する固定資産税が大幅に軽減されます。
賃上げの表明 | 軽減内容 |
3.0%以上の賃上げを表明 | 固定資産税が5年間、1/4に軽減 |
1.5%以上の賃上げを表明 | 固定資産税が3年間、1/2に軽減 |
これらの税制措置は、設備を購入する前に計画の認定を受ける必要があります。
「買ってから申請しよう」では手遅れになるケースが多いため、投資を検討し始めた段階で、すぐに専門家へ相談してください。
【相談先の目安】
・計画書の策定・申請 → 認定経営革新等支援機関(認定支援機関)
税理士・中小企業診断士・商工会議所などが認定を受けており、計画書の作成から申請手続きまでサポートしてもらえます。
・即時償却・税額控除などの税務処理 → 税理士
計画認定後の申告作業は税理士が担います。すでに顧問税理士がいる場合は、まずそちらへご相談ください。
・まとめて相談したい場合 → 商工会・商工会議所
認定支援機関を兼ねているケースが多く、税務・経営・融資のどれについても適切な専門家につないでもらえます。無料相談から始められる点も、中小企業にとって大きなメリットです。
借入金利を下げる
賃上げに取り組む事業者向けに、日本政策金融公庫等の融資制度で基準利率から0.4〜0.5%引き下げる特例があります。
また、助成金は「先に支出して、後から受け取る」後払い方式です。このタイムラグを埋めるために、低利融資をセットで活用するのが賢いやり方です。
3.値上げ交渉を「正当な権利」として使う
自社の努力だけで賃上げ原資を捻出するには限界があります。労務費が上がった分を取引価格に反映させることは、サプライチェーン全体を守るための正当な行為です。
国は「労務費の転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表しており、発注者側が取るべき12の行動指針を明示しています
交渉で使えるエビデンス(根拠資料):国が公表している最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額
これらの公的データを「合理的な根拠」として価格交渉に臨むことが、指針でも明示的に認められています。
また、「パートナーシップ構築宣言」に参加することで、取引先との共存共栄の姿勢を対外的に示せます。補助金申請での加点措置もあり、実利も伴う制度です。
4.「育てる」に投資する——人材開発の助成金
賃上げと同時に、従業員が成長できる環境を整えることが、採用力と定着率を高める鍵です。
①人材開発支援助成金
従業員に研修・訓練を受けさせた費用を助成する制度です。
●訓練中の賃金助成:1時間あたり800〜1,000円
●訓練後に賃金を5%以上引き上げた場合、助成率がさらに加算
●DX・GXなど新分野への進出に伴う訓練には、特に高い助成率が適用
②人材確保等支援助成金
職場環境を整えて離職率を下げた事業主を支援する制度です。
雇用管理制度の導入、設備投資、賃上げをパッケージで実施して離職率の低下を実現した場合、最大325万円が助成されます。3%・5%・7%以上の賃上げを行うと、支給額がさらに加算される仕組みもあります。
③各種補助金
助成金だけでなく、各種補助金においても「賃上げを行う事業者」が優遇される設計になっています。
補助金名 | 賃上げによる優遇 |
ものづくり補助金 | 大幅賃上げで補助上限が最大1,000万円上乗せ、補助率引き上げ特例あり |
中小企業省力化投資補助金 | 補助率が1/2→2/3に引き上げ、優先採択 |
デジタル化・AI導入補助金 | 補助率引き上げ(2/3)・優先採択 |
小規模事業者持続化補助金 | 「賃金引き上げ枠」で補助上限が最大200万円に拡大 |
5.まとめ:賃上げは「仕組みで乗り越える」
ここまで紹介してきた支援策を、次のような順番で組み合わせるのが効果的です。
STEP 1 設備投資と賃上げをセットで実施 → 業務改善助成金で費用を回収
STEP 2 非正規社員の賃金を引き上げる → キャリアアップ助成金で1人あたり助成
STEP 3 設備の税負担を減らす → 固定資産税の軽減措置・即時償却を活用
STEP 4 研修で従業員を育てる → 人材開発支援助成金で費用を補填
STEP 5 取引価格に労務費を反映 → 価格交渉指針を根拠に交渉
これらは組み合わせて使うことができます(同一の設備への重複適用はできませんが)。
これだけ多くの制度を、経営者や人事担当者がひとりで把握するのは現実的ではありません。以下の窓口は無料で相談できます。
窓口名 | 相談できること |
よろず支援拠点 | 経営全般の専門相談 |
働き方改革推進支援センター | 労務・助成金の専門相談 |
取引かけこみ寺 | 価格交渉・取引トラブルの相談 |
ミラサポplus(Webサイト) | 最新の補助金情報を網羅した総合情報サイト |
賃上げは「ゴール」ではありません。賃上げをきっかけに生産性を高め、良い人材が集まり、会社が成長していく——その出発点です。
「どこから手をつければいいかわからない」という方は、まず相談窓口に一本電話することから始めてみてください。
参考:厚生労働省・中小企業庁・経済産業省 各種支援制度(令和7年度)
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。