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【社エス通信】2026年5月号 労働行政トレンド解説:人事が知るべき「三位一体の労働市場改革」

目次



厚生労働省は、令和8年4月10日付けで「令和8年度地方労働行政運営方針」を策定しました。
地方労働行政運営方針は、国が掲げる労働政策の大きな目標を、各都道府県労働局が全国の各地域で実際に形にしていくための共通の羅針盤です。具体的には、以下の3つの重要な意義があります。
①国の目標を「地域の実情」に合わせて実行するための土台
②労働行政機関が「一体となって」動くためのチーム戦略
③「多様で柔軟な働き方」を実現するという共通目的の共有
このように、地方労働行政運営方針は、国が示す「目指すべき社会の姿」を、現場のハローワークや労働基準監督署などの組織が連携し、地域の働く人々や企業に確実に届けるための極めて重要な道標となっています。
本稿では、今年度(令和8年度)及び前年度(令和7年度)の地方労働行政運営方針をもとに、近年の労働行政の動向をわかりやく解説していきます。

1. はじめに:なぜ今、労働行政の動向を知る必要があるのか?

日本企業がいま直面しているのは、人口構造の変化に伴う深刻な「労働供給制約」です。この構造的な制約下で企業が成長し続けるためには、労働行政の指針を単なるコンプライアンスとしてではなく、優秀な人材を引き付け、定着させるための「経営戦略の羅針盤」として捉え直す必要があります。
行政が推し進める「三位一体の労働市場改革」は、企業の生産性向上と個人のウェルビーイングを両立させるためのグランドデザインです。この潮流を理解し、先んじて手を打つことが、競争優位性を築く鍵となります。

人事が押さえるべきマインドセット

・ 労働供給制約を前提とした経営への転換:限られた人的資源の付加価値を最大化する「人への投資」を加速させる。

・ 情報公開をブランド戦略に駆使する:男女間賃金差異などの開示義務を、自社の改善姿勢を伝える広報機会と捉える。

・行政の支援策(助成金・プラットフォーム)を積極的に活用する:変革に伴うコストとリスクを、国策のバックアップによって軽減する。

 

それでは、行政が掲げるグランドデザイン「三位一体の労働市場改革」の全体像を見ていきましょう。


2. 徹底解剖「三位一体の労働市場改革」の正体

政府が掲げるこの改革は、「リ・スキリングによる能力向上支援」「個々の企業の実態に応じたジョブ型人事の導入」「成長分野等への労働移動の円滑化」の3本柱から成り、これらが有機的に連動することで、構造的な賃上げの実現を目指しています。

①リスキリングによる能力向上支援
労働者がデジタル化(DX)やグリーン化といった時代の変化に対応できるよう、学び直しを強力に支援します。従来の企業主導の訓練に加え、令和7年度からは個人の主体的な学びへの支援が大幅に拡充されました。人事には、従業員のスキルアップを促すだけでなく、その成果を適切に活用する場の提供が求められています。
②個々の企業の実態に応じたジョブ型人事の導入
年功序列から、職務内容(ジョブ)に基づいた評価・賃金体系への移行を促すものです。国は「ジョブ型人事指針」を公表し、一律の導入ではなく、各企業のビジネスモデルに合わせた柔軟な適用を推奨しています。これにより、専門スキルを持つ人材の適正な処遇を可能にし、人材の奪い合いに勝てる組織への変革を目指します。
③成長分野等への労働移動の円滑化
job tag(職業情報提供サイト)」や「しょくばらぼ(職場情報総合サイト)」による情報の見える化を通じ、労働者が自らの能力を最大限発揮できる環境への移動を支援します。企業にとっては、中途採用市場の透明性が高まることで、自社の求めるスキルを持つ人材にアクセスしやすくなるメリットがあります。

この改革のエンジンとなるのが、個人と企業の成長を支える「学び」の変容です。

3. リ・スキリングと人材開発の進化

令和7年度から8年度にかけて、リ・スキリング施策はインフラ整備から「国民運動としての定着」へと進化します。特に、非正規雇用労働者への支援と、オンライン化が加速します。

項目令和7年度令和8年度
スローガン三位一体の労働市場改革の加速。
「みんなの労働ナビ」構築。
「全世代型リ・スキリングを促進する国民運動」の実施。
主な給付教育訓練給付の拡充、教育訓練休暇給付金・リスキリング等教育訓練支援融資の創設。非正規雇用労働者等を対象としたオンライン職業訓練の本格実施。
学びやすさの徹底追求。
デジタル人材育成目標R8年までの累計230万人確保に向けた加速。
中高年向け「実践の場」提供モデル事業の推進。
目標達成の最終年度。
人材開発支援助成金での受講者目標6.9万人の完遂。


学びの結果を適切に評価し、還元するためには、賃金体系そのものの見直しが不可欠です。


4. 持続的な賃上げと公正な待遇の確保

労働供給制約が強まる中、物価上昇を上回る賃上げは、もはや企業の存続条件です。行政は中小企業への助成金パッケージを強化する一方、非正規雇用労働者の年収の壁撤廃に向けた支援を継続しています。

企業が取り組むべきチェックリスト

□同一労働同一賃金の遵守と見直しへの備え
正社員と非正規雇用労働者の待遇差について、客観的な理由を説明できるか。
法的な施行5年後見直し議論にも注視しているか。

□年収の壁への戦略的対応
キャリアアップ助成金の「短時間労働者労働時間延長支援コース」を活用し、就業調整を解消しているか。

男女間賃金差異の公表義務拡大(101人以上規模)への対応
単なる数字の公表だけでなく、背景を解説する説明欄を準備しているか。

□適切な価格転嫁の実行
 「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に基づき、賃上げ原資を確保するための交渉を取引先と行っているか。


賃金だけでなく、働き手の「多様性」をいかに受け入れるかが、人手不足解消の鍵となります。


5. 多様な人材の活躍と職場環境の整備

多様な人材の活用は、労働供給制約に対する唯一の処方箋です。行政は、単なる雇用継続から能力発揮へと要求水準を引き上げています。

対象行政の要求水準人事が陥りやすい罠
高齢者70歳までの就業確保措置(R11目標:40%超)と、高齢期の処遇改善への取り組み。「一律の再雇用制度」で固定し、ベテランの意欲とスキルを腐らせてしまう。
障害者R8.7の法定雇用率2.7%引き上げに向けた計画的採用と、テレワーク等の多様な職域開発。法定雇用率達成のみを目的とした「数合わせ」の雇用を行い、職場定着を軽視する。
女性R8.4義務化の男女賃金差異公表に加え、「えるぼしプラス」「くるみんプラス」等の上位認定取得。差異の数字だけを見て、その背景にある「配置・昇進の偏り」の改善から目を背ける。


近年急速に法整備が進んでいる「新しい働き方」への保護について触れます。


6. 新たなリスクへの対応:ハラスメント防止とフリーランス保護

令和8年度、職場環境整備はフェーズが大きく変わります。特にハラスメント対策は、企業の社会的信用に直結します。

強化されるハラスメント対策(改正労働施策総合推進法:令和8年10月施行

・カスタマーハラスメント対策の義務化:雇用管理上の防止措置が法的義務となります。マニュアル作成や被害者のメンタルヘルスケア体制の構築が必須です。

求職者等へのセクハラ防止措置の義務化:就活生やインターンに対するセクシュアルハラスメントも防止措置義務の対象となります。

・相談窓口の実効性確保:設置しているだけでは不十分。適切に運用されていない場合、是正指導や企業名公表のリスクがあることを認識してください。

フリーランス保護(フリーランス法):令和6年11月施行

取引条件の明示、ハラスメント対策、育児介護両立支援への配慮が求められます。業務委託を活用する企業は、契約フローの総点検が必要です。

 

これら全ての動向を踏まえ、明日から人事担当者が取り組むべきアクションをまとめます。


7. まとめ:人事が歩むべきロードマップ

最後に、令和8年度地方労働行政運営方針に基づき、企業の成長(生産性の向上、人材確保、定着率の向上)に繋げるために、人事担当者が明日から着手すべき重要な3つのアクションをご提案します。

①「人への投資」の最大化:助成金を活用した賃上げとリ・スキリングの推進
国は「物価上昇を上回る賃上げ」と「労働生産性の向上」を最重要課題としています。単なるコスト増にならないよう、公的支援をフル活用して自社の生産性向上に繋げることが重要です。
・ 「賃上げ支援助成金パッケージ」や、非正規雇用労働者の処遇改善・正社員転換を促す「キャリアアップ助成金」の活用を検討し、従業員のモチベーション向上と人材定着を図りましょう。
・DXや生成AIの普及に対応するため、人材開発支援助成金を活用して従業員のリスキリング(特にデジタル人材の育成)を進めましょう。また、スキルや成果に応じた評価を促すため、ジョブ型人事(職務給)の導入や配偶者手当の見直しに向けた情報収集を始めることも推奨されます。
②法改正を先取りした「多様な人材の確保と活躍」の仕組みづくり
人手不足が深刻化する中、年齢・性別・障害の有無に関わらず、多様な人材が活躍できる柔軟な働き方の整備が急務です。特に令和8年度は重要な法改正や基準引き上げが控えています。
・令和8年4月から、常時雇用する労働者が101人以上の企業において「男女間賃金差異」などの情報公表が義務付けられました。自社の現状データを早急に分析し、必要に応じて人事制度や配置の偏りを是正するアクションプランを立てましょう。
・令和8年7月から民間企業の障害者法定雇用率が2.7%へ引き上げられます。未達成によるリスクを避けるため、採用準備から職場定着まで、ハローワーク等の支援機関と連携した計画的な雇入れの準備を明日から始めましょう。
・優秀な人材を惹きつけるため、男性の育児休業取得促進や、多様な正社員制度の導入を進め、仕事と育児・介護を両立できる環境を整備しましょう。
③リスクを成長基盤に変えるハラスメント対策と健康経営の強化
従業員が安全で健康に働ける環境は、企業の持続的な成長の土台であり、求職者に対する強力なアピールポイントにもなります。
・令和8年10月からカスタマーハラスメントおよび求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が事業主に義務付けられます。法改正に先駆け、社内の相談窓口の拡充、対応マニュアルの策定、従業員向け研修の企画など、具体的な準備に着手しましょう。
・小規模事業場(50人未満)におけるストレスチェックの義務化を見据えたメンタルヘルス対策の準備や、労働災害が増加傾向にある高年齢労働者に配慮した作業環境の改善(エイジフレンドリー補助金の活用など)を進めましょう。

これらのアクションは、コンプライアンス対応にとどまらず、「働きやすい魅力的な企業」として採用競争力を高め、従業員のエンゲージメントを向上させるための重要な投資となります。まずは自社が活用できそうな助成金のリストアップや、直近の法改正スケジュールと自社の対応状況のギャップ分析から始めることをお勧めします。



この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K

事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員



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