【アウトソーシングほっとニュース】新任人事担当者のための「働きがいのある職場づくり」実践ガイド
4月に人事部門へ配属された皆さま、新しいキャリアのスタートを心よりお祝い申し上げます。
皆さまが向き合う「人事」という仕事は、企業の最大の経営資本である「人」の可能性を最大化し、組織の未来を創る極めてエネルギッシュな領域です。
さて、現在、わが国の労働環境は人手不足の深刻化、働き方の多様化、そして価値観の複雑化という大きな転換期にあります。かつてのような一律の労務管理だけでは、優秀な人材に選ばれ続けることは困難です。
こうした背景から、いま人事担当者に求められているのは、単なる労務の適正管理を超えた、生産性とウェルビーイング(幸福・健康)を両立させる戦略です。働きがいへの取り組みは、福利厚生ではありません。従業員が能力を最大限に発揮し、イノベーションを生む土壌を作るための「未来への投資」なのです。
厚生労働省では、企業が働きがいのある職場をつくれるよう、参考となるマニュアルを作成しました。
本稿では、本マニュアルに基づき社会保険労務士の視点から、働きがい向上の核心である「エンゲージメント」を紐解き、実践的なステップを解説します。
1. エンゲージメントの正体とその構造
人事の実務において、「エンゲージメント」という言葉を整理することは全ての出発点となります。学術的な知見に基づき、混同されやすい2つの概念を明確に区分しましょう。
| 項目 | ワーク・エンゲージメント | 従業員エンゲージメント |
| 着目点 | 個人と仕事との関係(心理的状態) | 個人と組織(会社)との関係(貢献意欲) |
| 構成要素 | 活力、熱意、没頭 | 組織目標の理解、共感、信頼、貢献意欲 |
| 状態の例 | この仕事にワクワクし、誇りを持って夢中で取り組める | この会社の一員として、組織の目標達成に貢献したい |
ワーク・エンゲージメントを構成する3つの要素
労働科学で広く用いられる指標(UWES)において、ワーク・エンゲージメントは以下の3要素が揃ったポジティブな心理状態と定義されます。
①活力(Vigor): 仕事からエネルギーを得て、生き生きとしている
②熱意(Dedication): 仕事に強い意義を感じ、誇りとやりがいを持っている
③没頭(Absorption): 仕事に深く集中し、時間が経つのを忘れるほど夢中になっている
なぜ「自発的なエネルギー」が必要なのか
ここで重要なのは、「ワーカホリズム」との対比です。どちらも長時間・高エネルギーで働く点は共通していますが、ワーカホリズムは「働かなければならない」という強迫観念に駆られており、最終的に「バーンアト(燃え尽き症候群)」を招きます。
企業には安全配慮義務があるため、メンタルヘルスのリスクを低減しつつ高いパフォーマンスを維持するには、前向きな感情に基づくエンゲージメントの向上が不可欠です。いわば、労働時間の削減(働き方改革)が「底上げ」なら、エンゲージメントは「天井を高くする」取り組みなのです。
2. 働きがい向上がもたらす4つの経営的インパクト
働きがい向上を経営戦略として位置づけた際、企業は以下のような中長期的な実益(ROI)を享受できます。
①企業の業績向上・成長:従業員の主体的・自律的な創意工夫が生産性を押し上げます。個々の「仕事の資源(裁量やサポート)」が適切に供給されることで、イノベーションが生まれやすい組織体質へと変容します。
②優秀な人材の獲得・定着(リテンション) :「働きがい」は最強の採用ブランドです。特に現代の働き手は「キャリア自律」を重視しており、自社で自身の市場価値を高められると確信できれば、離職率は劇的に低下します。
③組織の活性化:組織への信頼(従業員エンゲージメント)が高まることで、心理的安全性が確保され、部署間のセクショナリズムを排した協力体制が自然と構築されます。
④仕事と私生活の好循環(ウェルビーイング): 職場で得た活力は私生活を豊かにし、充実した私生活が再び仕事への意欲を高めるという「スピルオーバー効果」を生みます。これは企業の持続可能性を支える無形資産となります。
3. 成功の鍵を握る「三位一体」の推進体制
働きがい向上は、人事部という一部署のタスクではなく、全ステークホルダーが関わるプロジェクトです。
| 関係者 | 役割 |
| 経営層 | 経営戦略として位置づけ、本気のコミットメントを全社に表明する |
| 人事(事務局) | 現状把握(サーベイ)の実施、分析、施策立案、管理職の伴走支援 |
| 管理職 | 企業と個人の「結節点」として、現場での対話とメンバー育成を主導 |
| 従業員 | サーベイに率直に回答し、自分ごととして職場改善に主体的に参画 |
経営層が発信する「メッセージの4要素」
取組の成否は経営陣の言葉の重みに依存します。以下の要素を網羅してください。
【経営メッセージ・チェックリスト】
□背景・目的: なぜ今、当社において「働きがい」が最優先課題なのか?
□目指す姿: 3年後、5年後にどのような職場環境を実現したいか?
□期待: 従業員一人ひとりのどのような行動を後押ししたいか?
□意思: 一時的なブームで終わらせず、継続的に投資し続けるという決意。
管理職を「結節点」として孤立させないサポート
現場を担う管理職は、多忙ゆえに孤立しがちです。人事は単に「エンゲージメントを上げろ」と命じるのではなく、以下の具体的な支援を提供しましょう。
・個別相談: サーベイ結果の読み解き方に悩む管理職への個別アドバイス
・交流機会: 管理職同士で成功・失敗事例を共有し、学び合うワークショップ
・ナレッジ展開: 他部署で効果のあった職場ディスカッションの進め方などの好事例の横展開
4. 先進事例に学ぶ:課題特定から施策展開への実践アプローチ
働きがいのある職場づくりのための支援マニュアル(令和7年度)から抽出された勝ちパターンを、3つのアプローチ軸で整理します。
①可視化と対話:信頼を醸成するプロセス
・東宝株式会社: 最初の1年を「データ蓄積期間」とし、1年間の検証レポートをまず経営層へ報告。その後、経営陣のコメントを付して全社開示しました。この「経営が真剣に向き合っている」という順序立てた開示が、現場の信頼と「挑戦する風土」の醸成(スコア10pt改善)に繋がりました。
・株式会社メルカリ: 「オープンドア」と呼ばれる対話の場を通じ、人事制度の設計段階から進捗を共有。従業員の意見を制度に反映するプロセスを可視化することで、経営参画意識を高めています。
②既存制度の高度活用:ゼロから始めない知恵
・ブラザー工業株式会社: 義務化されたストレスチェックを高度化。標準80項目に独自質問36項目を加えた「116項目版」を運用し、組織の強みや一体感の分析に活用しています。
・株式会社橋本組: 従来の日報を社内SNS化。現場の不満や課題を「センサー」として捉え、本社が即座にレスポンスを行う体制により、現場の孤立を防いでいます。
・イヨスイ株式会社: 休日増加など「働きやすさ(衛生要因)」を徹底整備。これがベースとなり、若手への裁量権譲渡というエンゲージメント施策が効果を発揮しました。
③キャリアと裁量の提供:自律性を引き出す
・TOPPANグループ: 社内求人票「お仕事図鑑」を公開。自らのキャリアを選択できる仕組みが、適材適所と定着率向上を両立させています。
・ウェルグループ: 介護職のキャリアステップを6段階で可視化した「評価制度(介護プロ)」を構築。納得感のある処遇が、自発的な能力開発の「熱意」を引き出しています。
・手島精管株式会社: 従業員への「裁量」を尊重。目標へのプロセスを本人に委ねることで、仕事の意義を再定義する「ジョブ・クラフティング」を促進し、高い「没頭」状態を生み出しています。
・株式会社ヴィス / 白鷺電気工業株式会社: 繋がりを重視した職場づくりや、全員参加型の計画策定を通じ、「ありたい組織」を共有しています。
5. まとめ:新任担当者が明日から踏み出す「はじめの一歩」
膨大な理論を前に圧倒される必要はありません。まずは以下のマトリクスに沿って、優先順位を整理しましょう。
| 緊急度:高 | 緊急度:低 | |
| 重要度:高 | 【最優先】 離職率が高い特定部署へのヒアリング、ストレスチェックの集団分析活用 | 【中長期】 キャリアパスの再設計、組織ビジョンの言語化と浸透 |
| 重要度:低 | 【効率化】 既存の定型業務の自動化(働きがい施策の時間を捻出するため) | 【即実行】 既存の1on1の「目的の再定義」。管理のための面談から、資源提供のための対話へ |
既存施策の「意味づけ」から始める
いきなり新制度を作る必要はありません。例えば、既存の1on1を進捗確認の場から、「仕事の資源を提供し、ジョブ・クラフティングを支援する場」へと目的を再定義するだけで、その効果は一変します。
活用可能な外部リソース
プロの知見や公的支援を積極的に活用し、新任担当者としての負担を軽減しましょう。
●働き方・休み方改善ポータルサイト: 厚生労働省が提供する豊富な事例や自己診断ツール。
●働き方改革推進支援センター: 全国47都道府県に設置。労務管理から生産性向上まで、無料で専門家に個別相談が可能です。
「働きがいのある職場づくり」は、企業の持続可能性を守るための王道です。皆さまの取り組みが、結果として「選ばれる企業」への最短ルートとなることを確信しています。人事としての第一歩を、自信を持って踏み出してください。応援しています。
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。