【社エス通信】2026年3月号 2026年に施行される人事関連の法改正一覧|企業が今から準備すべきこと
目次

はじめに
2026年度もさまざまな人事労務関連の法改正が続きます。しかも、今年度はハラスメント・障害者雇用・高齢者雇用・女性活躍推進と幅広い分野にわたっており、単なる法改正対応を超えた、企業としての「人への向き合い方」が問われます。
この記事では、2026年4月1日から2027年3月31日までに施行される主な法改正について、社会保険労務士の視点から、押さえておくべき実務上のポイントと企業が取るべき対応を解説します。

1. 社会保障制度の抜本的改革:シニア活用と次世代支援の並行
2026年4月、日本の社会保険制度は二つの転換点を迎えます。
1.1 在職老齢年金制度の支給停止調整額の引き上げ(2026年4月1日施行)
働く高齢者の年金額を調整する「在職老齢年金制度」が緩和されます 。
■改正内容:厚生年金が支給停止(減額)され始める基準額(賃金と厚生年金の合計)が、現行の月額51万円から月額65万円へと引き上げられます 。
■実務上の意義:これまで、多くの優秀なベテラン層が「年金が減るから」という理由で就業時間を調整する、いわゆる「年金の壁」が存在していました 。基準額が65万円になることで、高所得のシニア層でも年金を全額受給できるケースが増加します 。企業にとっては、定年再雇用後の専門人材をフルタイムの戦力として活用できる絶好の機会であり、人手不足対策の切り札となります 。
1.2 子ども・子育て支援金制度の創設と徴収開始(2026年4月1日施行)
少子化対策の財源を確保するための「子ども・子育て支援金」の徴収が始まります 。
■徴収方法:公的医療保険(健康保険・介護保険)の枠組みを利用し、保険料に上乗せして徴収されます 。
■負担率:2026年度の支援金率は、被用者保険において一律0.23%(労使折半)です 。例えば、標準報酬月額30万円の従業員の場合、従業員負担額は月額345円となります 。
■留意点:支援金率は段階的に引き上げられ、2028年度には0.4%程度に達する見込みです 。給与計算実務では、2026年4月分の保険料(通常5月支払給与)から控除を開始する必要があります 。給与明細への内訳記載は義務ではありませんが、従業員への周知と透明性確保のために、項目を分けて記載することが推奨されます 。
2. ダイバーシティの「透明化」:女性活躍と障害者雇用の義務拡大
2026年度は、企業の多様性への取り組みが、外部からの評価(ESG投資や採用ブランディング)に直結する年となります。
2.1 女性活躍推進法に基づく情報公表義務の拡大(2026年4月1日施行)
これまで301人以上の企業に義務付けられていた情報公表が、中堅企業へも波及します 。
■改正内容:従業員数101人~300人の企業に対し、①男女間賃金差異、②女性管理職比率の公表が必須となります 。加えて、選択項目から1項目以上の計3項目以上の公表が義務付けられます 。
■対応のポイント:単に数値を公表するだけでなく、差異がある場合にはその背景や改善に向けた施策を併せて発信することが、求職者に対する企業イメージの向上につながります 。算出は前事業年度の実績に基づき、翌事業年度開始後おおむね3ヶ月以内に行う必要があります 。
2.2 障害者法定雇用率の引き上げ(2026年7月1日施行)
共生社会の実現に向け、民間企業の障害者法定雇用率がさらに引き上げられます 。
■改正内容:法定雇用率が現行の2.5%から2.7%へと引き上げられます 。
■対象範囲の拡大:これに伴い、障害者の雇用義務が発生する企業の範囲が、従業員数40.0人以上から37.5人以上へと拡大されます 。
■実務対応:「37.5人」という基準は、週20時間以上30時間未満の短時間労働者を0.5人とカウントする計算に基づくため、実質的に38人規模の組織であれば雇用義務を意識しなければなりません 。未達成企業には納付金の支払い(100人超企業の場合)や企業名公表のリスクがあるため、2026年初頭には「業務の切り出し」などの準備を開始すべきです 。
3. 組織ガバナンスの強化:ハラスメント対策と公益通報者保護の厳格化
2026年度後半には、企業の社会的責任を問う強力な規制が相次いで施行されます。特に対象が社外へと拡大する点に注目が必要です。
3.1 カスハラおよび就活セクハラ防止措置の義務化(2026年10月1日施行)
労働施策総合推進法等の改正により、社外関係者によるハラスメント対策がすべての事業主の法的義務となります 。
■カスタマーハラスメント(カスハラ):顧客等からの社会通念上許容される範囲を超えた迷惑行為に対し、方針の明確化、相談体制の整備、被害者への配慮、および悪質な事案への毅然とした対応が求められます 。
■求職活動等におけるセクシュアルハラスメント(就活セクハラ):就職活動中の学生やインターンシップ生など求職者等に対するセクシュアルハラスメントについても、自社が雇用している社員に対するのと同様の防止措置を講じることが義務付けられます 。
■リスク:義務違反は行政指導や企業名公表の対象となるだけでなく、SNS等での拡散によるレピュテーションリスク(評判被害)を招く恐れがあります 。
3.2 改正公益通報者保護法の施行(2026年12月1日施行)
企業の自浄作用を高めるため、内部通報制度の信頼性が法的に担保されます。
■刑事罰の導入:公益通報を理由とした解雇や懲戒に対し、個人には6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金という直罰規定が導入されます 。
■立証責任の転換:通報から1年以内に行われた不利益な扱いは、公益通報を理由としたものと推定されるため、企業側が正当な理由を証明しなければなりません 。
■対象拡大:保護対象にフリーランス(および終了後1年以内の者)が追加されます 。
4. 安全衛生と治療・仕事の両立支援
労働安全衛生の分野では、化学物質管理の自律化への移行と、全ての労働者を健康リスクから守るための義務拡大が進行しています。また、重大な疾病を抱える労働者が、治療を受けながら継続して働ける環境を整えることが、企業の基本的責務として法律に明記されます。
4.1 労働安全衛生法の改正
高齢社員が増える中、転倒・腰痛などの労働災害が増加しています。この状況を受け、企業が高年齢労働者の労災防止のために適切な措置を講じることが努力義務として法律に定められます。具体的には、「作業環境の整備(段差の解消など)」「作業方法の見直し」「健康管理の強化」「教育・研修の実施」などが求められます。
複数の事業者が混在する現場において、元請(注文者)は自社従業員だけでなく、作業に従事するフリーランス等に対しても安全衛生措置(連絡調整や立ち入り制限等)を講じる義務が生じます。
2024年から始まった化学物質管理の抜本的見直しは2026年度に重要なマイルストーンを迎え、化学物質管理の自律化に向け、以下の項目が段階的に施行されます 。
・表示・通知対象物質の追加(4月1日)
・営業秘密成分の代替名称通知制度の運用開始(4月1日)
・個人ばく露測定の精度担保措置の義務化(10月1日)
4.2 治療と仕事の両立支援の努力義務化
重大な疾病を抱える労働者が「治療を受けながら継続して働ける」環境を整えることが、企業の基本的責務として法律(労働施策総合推進法)に明記されます。この改正は、高齢化に伴う働く世代の疾病罹患率の上昇と、貴重な人材の離職防止を背景としています。企業は、「治療と就業の両立支援指針」を参考に、時間単位の年次有給休暇、時差出勤、テレワーク、相談窓口の明確化といった体制を整えることが期待されます。努力義務ですが、安全配慮義務の観点からも、指針に基づいた適切な配慮を行わないことによる訴訟リスクへの留意が必要です。
4.3 ストレスチェック制度の全事業場義務化
現在50人以上の事業場に義務付けられているストレスチェックが、すべての事業場へ拡大されます。2025年5月の法改正により「公布後3年以内」の施行が定められています 。小規模事業場においては、産業医が選任されていないケースが多く、面接指導の実施体制をどう整えるかが最大の課題となります。厚生労働省は「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」の作成を進めており、外部機関の活用や地域産業保健センターとの連携を軸にした運用が想定されています。
5. 人事労務担当者の2026年度対応ロードマップ
企業が2026年度の激動を乗り切るために、今から着手すべきアクションをまとめましたので、参考にしてください。
ステップ1:2026年4月までに完了させるべき事項
・給与システムの改修:「子ども・子育て支援金(0.23%)」の控除設定
・女性活躍情報の算出:男女間賃金差異・女性管理職比率のデータ集計方法の確立
・就業規則の改定:在職老齢年金の緩和に合わせたシニア層の賃金設計・労働条件の再定義
ステップ2:2026年7月~10月を見据えた事項
・障害者雇用の再設計:2.7%雇用率への適合確認と採用計画の策定
・カスハラ対策規程の整備:組織方針の策定とマニュアル作成
・採用ルールの見直し:「就活セクハラ」を防止するための面談ガイドライン作成
ステップ3:2026年12月以降を見据えた事項
・内部通報規定のアップデート:公益通報者への保護規定にフリーランスを含める改訂
まとめ:法改正を「コスト」から「投資」へ
2026年度の法改正は、「ハラスメント対策」「障害者雇用」「高齢者・女性活躍」など、今まさに多くの企業が取り組んでいるテーマと重なっています。個々の改正に個別対応するのではなく、自社の人事・労務全体の体制を見直す機会として捉えていただけると、より効率的な準備ができるはずです。
これら法改正への対応は、形式的な事務手続きの増加と捉えれば、企業にとって大きな負担かもしれません。しかし、社会保険労務士の視点から見れば、これらは「選ばれる企業」になるための道標です。
在職老齢年金の緩和は、シニアの知見を活かす機会であり、男女間賃金差異の公表は、組織内の不合理を是正する契機です。また、カスハラ対策の義務化は、従業員を精神的苦痛から守り、定着率を高めるための盾となります。
法は常に社会の変化を追いかけ、時に変化を主導します。2026年度という「人的資本経営の転換点」において、変化に受動的に従うのではなく、法改正をバネに組織文化をより健全で魅力的なものへと進化させることが、企業の持続的な成長を約束する唯一の道です。各改正の具体的な運用や、自社の実態に合わせた就業規則の策定については、専門家である社会保険労務士と連携し、最適解を導き出してください。
また、「自社にどの改正が関係するのか整理したい」「就業規則の改定が必要かどうか確認したい」といったご相談は、ぜひお気軽に弊所までお問い合わせください。

本記事の内容は2026年2月の情報をもとに作成しています。法改正の内容は今後の政省令・指針等の発出により変更される場合があります。最新の情報については、厚生労働省の公表情報を併せてご確認ください。
この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員