【アウトソーシングほっとニュース】なぜ今「治療と仕事の両立支援」が必要なのか?
厚生労働省は2月10日に二つの新たな指針を公示しました。「治療と仕事の両立支援」および「高年齢労働者の労働災害防止」に関する指針で、どちらも今年4月より適用されます。
深刻な少子高齢化と労働力不足に直面する日本企業にとって、この改正への対応は、単なる法的リスクの回避にとどまらず、企業の持続可能性を左右する「人的資本投資」とも言える重要な意味を持ちます。本稿では、これら最新の指針を取り上げ2週にわたって解説していきます。
「治療と就業の両立支援指針」は、労働施策総合推進法に基づき、疾病を抱える労働者が治療と仕事を両立できる環境を整えるための具体的な手順や留意点を定めたもので、現場での支援体制構築に欠かせない内容となっています。
深刻な少子高齢化と人口減少が加速する日本において、 貴重な労働力一人一人が健康を保ち、その能力を最大限に発揮し続けることは、企業の存続に直結する最優先課題です。 病気を抱えながらも「働き続ける」ことを支える仕組みは、もはや一部の人のための福利厚生ではなく、 現代の企業経営における不可欠な戦略となっています。この課題が生まれた具体的な背景と、私たちが向き合うべき社会の変化について深掘りしていきましょう。
1. 社会と医療の劇的な変化
治療と仕事の両立が強く求められるようになった背景には、労働環境の変容と医療の進歩という2つの大きな要因があります。
要因①:労働人口の変化(高齢者の就労増加とリスク管理)
定年延長等により高齢者の就労が増加した結果、基礎疾患(持病)、脳・心臓疾患等の発症確率も高まるため、両立支援は配慮に留まらず、企業の安全管理・リスクマネジメントとして極めて重要な意味を持つようになっています。
要因②:医療技術の進歩(「不治の病」から「長く付き合う病気」へ)
かつては不治の病とされた「がん」等の生存率が向上し、不治の病から「治療を続けながら長く付き合う病気」へと変化しました。医療の高度化により、入院せず通院で治療を継続することが可能になったため、り患しても即離職せず、仕事を継続するという選択肢が現実的になっています。
こうした背景を受け、次に、企業が取り組むべき法的な根拠と、支援がもたらす意義について整理します。
2. 労働安全衛生法との関係と企業の意義
両立支援は、労働安全衛生法(安衛法)に基づく法的義務と密接に関わっています。これは単なる個人の問題ではなく、組織として適切に対応すべき領域です。
■法的根拠
・安衛法第66条(就業上の措置) : 健康診断の結果に基づき、医師の意見を聴いた上で、必要に応じて「就業場所の変更」や「労働時間の短縮」等の措置を講じることが事業者に義務付けられています。
・安衛法第68条(就業禁止の慎重な判断) : 病勢が悪化する恐れがある場合の就業禁止規定ですが、安易な判断は禁物です。実施にあたっては「 あらかじめ産業医や専門医の意見を聴く 」ことが法的プロセスとして求められており、可能な限り配慮を行い、就業の機会を奪わないよう慎重に判断すべきものとされています。
■企業にとっての意義
支援を行うことは、企業にとって以下の3つの観点から大きな価値を生みます。
| 観点 | メリット |
| 人材の定着 | 経験豊富な人材の流出を防ぎ、採用・教育コストを削減することができる。また、従業員の安心感と帰属意識を高めることができる。 |
| 組織の活性化 | 多様な人材が活躍できる職場をつくり、健康経営やワーク・ライフ・バランスの推進、ダイバーシティの実現つながる。 |
| 社会的責任 | すべての人が生きがいを持って活躍できる社会づくりに貢献し、企業の社会的な評価を高めることができる。 |
3. 3つの主要プレイヤーの役割
両立支援を成功させるポイントは「情報の共有と連携」にあります。特に関係者の間に入る専門職の役割が重要です。
①労働者本人:自ら支援を申し出るとともに、主治医の指示を遵守し、自己の健康維持に主体的に取り組みます。
②事業場(企業):事業主や人事労務担当者が体制を整えます。ここで重要なのが産業医等(50人未満の事業場を担当する医師も含む)の役割です。彼ら彼女らは医学的知識を職場の実情に照らし合わせ、 主治医の意見を具体的な就業上の配慮へと翻訳する橋渡し役を担います。
③医療機関(主治医):労働者の病状や、就業継続にあたって避けるべき作業など、専門的な情報の提供を行います。
4. 支援の具体的な流れ
実際の支援プロセスは、以下の4つのステップで進めます。
①労働者からの申出と情報収集:本人が主治医から「就業上の意見書」等を取得し、会社に提出します。
【ポイント】主治医からは「通院スケジュール(頻度等)」「業務に影響する症状・副作用」「具体的な配慮事項(休憩場所の確保等)」を正確に取得することが実効性のあるプラン作りに不可欠です。
②産業医等の意見聴取:会社は取得した情報を産業医等に提供し、実際の職務負荷と比較して、どのような措置が可能か専門的意見を聴きます。
【ポイント】機微な健康情報を取り扱うため、産業医等への情報提供には必ず本人の同意が必要です。プライバシーへの厳格な配慮が相談しやすい環境を作ります。
③就業上の措置の決定とプランの作成:「治療と就業の両立支援プラン」を作成し、具体的な配慮(残業制限や時差出勤等)を定めます。
【ポイント】治療開始直後や復帰直後は、必ずしも「100%の業務遂行能力」があるとは限りません。段階的に負荷を調整する視点が教育的にも重要です。
④実施とフォローアップ:プランに基づき勤務を開始し、病状や治療内容の変化に合わせて定期的に面談を行い、内容を見直します。
【ポイント】一度決めたプランに固執せず、状況の変化に応じて柔軟にアップデートし続ける「組織的な支援」が継続の鍵です。
5. 柔軟な働き方を支える制度
個人への配慮と並行して、誰もが利用できる柔軟な制度を整えることが、組織全体の適応力を高めます。
・時間単位の年次有給休暇:短時間の通院や体調不良に合わせ、1時間単位で年次有給休暇を取得可能にする。
・傷病休暇(法定外休暇):年次有給休暇とは別に、入院や療養のために利用できる専用の休暇枠を設ける。
・時差出勤/短時間勤務制度:通勤ラッシュの回避や、体力的消耗を抑えた勤務スケジュールを可能にする。
・在宅勤務制度(テレワーク):通勤による身体的負担を軽減し、自宅から柔軟に業務に貢献できる環境を作る。
・試し出勤制度:本格的な復帰の前に、短時間から慣らし勤務を行うことで、 本人と受け入れチーム双方の不安を解消 し、スムーズな再適応を促す。
まとめ
治療と仕事の両立支援は、単なる病気への対応ではなく、「全ての人が生きがいを持って活躍できる社会」の実現に向けた、これからの職場のスタンダードです。まとめとして、人事担当の皆さんが明日から意識すべき「両立支援を支える3つの心得」を提示しますので、貴社での取り組みの参考にしていただけると幸いです。
①「病気=離職」という固定観念を捨てる :医療の進歩と法的枠組み(安衛法)を正しく理解し、働き続けられる可能性を模索する。
②専門職を介した「対話」を重視する: 一方的な判断ではなく、主治医や産業医等の専門意見に基づき、本人と十分な話合いを重ねる。
③「組織的支援システム」として定着させる :個人の努力に頼るのではなく、人事・産業保健スタッフ・現場が連携し、柔軟な制度と風土を構築する。
このような誰もが安心して自分らしく働き続けられる職場づくりは、社員個人だけでなく、組織の未来を守る一歩となります。
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。