【アウトソーシングほっとニュース】 労災保険制度の見直しについて

―令和8年1月14日 労働政策審議会報告を踏まえて―
1.はじめに
労働者災害補償保険(労災保険)は、業務上または通勤途上の災害によって労働者が被る損害を補償し、被災後の生活の安定と社会復帰を支える重要な制度です。近年、就業形態の多様化や高年齢労働者の増加、さらに脳・心臓疾患や精神疾患といった労働災害の増加などを背景に、制度の在り方について見直しが求められてきました。
こうした中、令和8年1月14日に労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会から「労災保険制度の見直しについて(概要)」が公表され、適用関係・給付関係・徴収関係の各分野にわたる具体的な方向性が示されました。本稿では、その内容を整理し、実務上のポイントを解説します。
2.適用関係の見直し
(1)暫定任意適用事業の廃止
現在、農林水産業など一部の小規模事業については、労災保険が「暫定任意適用」とされてきました。しかし、今回の報告では、これを廃止し、原則として労災保険を強制適用とすることが適当とされています。
その際、零細事業主の事務負担が過度にならないよう、農林水産省と連携しながら負担軽減策を検討し、円滑な施行のための経過期間を設けることが重要とされています。
これにより、これまで労災保険の対象外となっていた労働者の保護が拡充されることになります。
(2)特別加入制度の見直し
労災保険の特別加入制度は、本来は労働者に該当しない中小事業主や一人親方等、特定作業従事者、海外派遣者などが、一定の条件のもとで労災保険の適用を受けられる制度です。このうち、一人親方等および特定作業従事者については、個人で直接加入するのではなく、「特別加入団体」を通じて加入する仕組みとなっています。
特別加入団体とは、これらの個人事業者等を取りまとめ、労災保険の加入手続や保険料の納付、災害防止に関する取組などを行う団体をいいます。
今回の見直しでは、特別加入団体について、
- どのような団体を承認するのか
- どのような場合に保険関係を消滅させるのか
といった要件を、法令上明確に定めることが適当とされました。
承認要件としては、
- 災害防止に関する役割を適切に果たしていること
- 団体の性格や運営体制が適正であること
- 財政基盤が安定していること
などが想定されています。
また、団体の保険関係を消滅させる場合には、いきなり認可を取り消すのではなく、段階的な手続きを設け、時期にも十分配慮することが求められています。
さらに、現在は労働基準法の適用がなく、特別加入の対象外となっている事業や就業形態についても、今後は対象拡大を随時検討し、労災保険の適用を進めていく方針が示されました。
(3)家事使用人への適用
家事使用人(いわゆる家政婦・家事代行労働者)は、労働基準法が原則として適用除外とされてきました。今後、災害補償責任も含めて労働基準法が適用されるようになった場合には、労災保険も強制適用とすることが適当とされています。
その際、保険関係成立の届出や保険料納付といった実務面での課題について、運用上の対応策を検討する必要があるとされています。
3.給付関係の見直し
(1)遺族(補償)等年金の男女差の解消
現在の労災保険制度では、遺族(補償)等年金の支給要件において、夫と妻の間に差が設けられていました。妻については、原則として年齢や障害の有無にかかわらず支給対象となる一方、夫については「60歳以上であること」または「一定の障害状態にあること」といった追加要件が課されていました。このような男女差について、今回の見直しでは、夫にのみ課されていた年齢要件・障害要件を撤廃し、支給要件を男女で統一することが適当とされました。これにより、性別による不合理な取扱いを解消し、制度の公平性を高めることが目的とされています。
また、石綿健康被害救済法に基づく特別遺族年金についても、年齢要件による男女差の解消が求められています。
(2)消滅時効の延長
労災保険給付の請求権のうち、一部の給付は消滅時効が2年とされています。しかし、脳・心臓疾患、精神疾患、石綿関連疾病などは、発症から請求までに時間を要するケースが多く、迅速な請求が困難な場合があります。
そのため、これらの疾病を原因とする請求については、消滅時効期間を5年に延長することが適当とされています。
また、労働基準法上の災害補償請求権についても、同様の延長が求められています。
さらに、制度の不知や手続忘れによって時効を徒過した事例も存在することから、周知方法の工夫や運用改善が必要とされています。
(3)社会復帰促進等事業の不服申立て
社会復帰促進等事業とは、労災に遭った労働者が治療後に職場や社会へ戻りやすくするための支援制度です。具体的には、リハビリ支援や各種給付などが含まれます。
これまで、これらの給付については、「行政の正式な処分なのかどうか」がはっきりせず、内容に不満があっても異議申立てや裁判ができるかどうかが分かりにくい状況でした。
今回の見直しでは、これらの給付についても正式な行政処分として扱うことが明確にされ、
- 審査請求(不服申立て)
- 取消訴訟(裁判)
の対象にできるようにするのが適当とされました。
さらに、労働者などに対して行われる給付型の支援事業については、
通常の労災保険給付と同じように、
- 労働保険審査官
- 労働保険審査会
による審査の仕組みを使えるようにする方針も示されています。
(4)遅発性疾病の給付基礎日額
有害業務に従事した後、別の職場で就業中に疾病が発症するケースがあります。この場合の給付基礎日額について、発症時の賃金が、以前の有害業務従事時の賃金を基礎とした平均賃金より高い場合には、発症時賃金を用いることが適当とされました。
これにより、被災労働者にとって不利にならない算定方法が確保されます。
4.徴収関係の見直し
(1)メリット制の継続と課題
メリット制は、災害発生状況に応じて保険料率を増減させる制度です。これについては、引き続き存続させ、適切に運用することが適当とされています。
一方で、
- 労災かくし
- 被災労働者への報復行為
- 不利益取扱い
につながる懸念も指摘されており、実態把握を行った上で必要な検討を進めることが求められています。
(2)給付決定情報の事業主への提供
災害防止を促進する観点から、労災保険給付の支給決定(不支給決定を含む)について、電子申請で年度更新を行っている事業主に対し、同一災害に係る初回給付分に限って情報提供することが適当とされました。
提供される情報は、
- 支給決定の有無
- 処分年月日
- 処分者名
- 処分名
- 被災労働者名
などです。
また、メリット制の適用を受けている事業主に対しては、保険料が増減した理由を把握できるよう、メリット収支率の算定基礎となった給付額(保険給付、特別支給金、特別遺族給付金の合計額)を提供することが適当とされています。
5.さいごに
今回示された労災保険制度の見直しの方向性は、制度の公平性や利用しやすさの向上を図るとともに、被災労働者の迅速な救済や社会復帰をより確実にすることを目的としたものです。
適用範囲の見直し、遺族給付の男女差の解消、消滅時効の延長、社会復帰促進等事業に関する整理など、制度全体の方向性を示す内容が盛り込まれています。
なお、今回の報告は直ちに法改正が行われることを意味するものではありません。
労災保険法が改正されるまでには、一般に次のようなプロセスを経ることになります。
企業の人事・労務担当者の皆さまにとっては、これらの制度改正の趣旨を正しく理解したうえで、
- 労災発生時の迅速かつ適切な初動対応
- 従業員への制度周知と相談体制の整備
- 再発防止に向けた安全管理体制の強化
- 職場環境の点検・改善
といった基本的な労務管理を着実に実行していくことが重要です。
また、労災保険給付に関する情報提供の在り方やメリット制の運用についても、単に保険料の増減を把握するだけでなく、事故発生の傾向を把握し、社内での原因確認や再発防止策の検討につなげていく姿勢が求められます。
社労士法人としては、法改正への対応支援はもちろんのこと、労災発生時の実務対応、制度説明、安全管理体制の構築支援などを通じて、企業の皆さまが安心して事業運営を行えるよう、引き続きサポートしてまいります。
今後の法令改正の動向についても、最新情報を分かりやすくお届けしていく予定です。
この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス 社会保険労務士 T.Y レストランでの接客から人事労務の世界へ転身しました。難しくなりがちな労務の話も身近に感じてもらえるようにお届けしていきます。