【アウトソーシングほっとニュース】知っておきたい社会の仕組み:「春闘」が、私たちの賃金と未来をどう決めるのか?

今年も、経団連(日本経済団体連合会)から、「人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」が公表されました。
この調査は、春季労使交渉・協議(以下、春闘という)の結果や、人事・労務に関する経営層の意識・実態を把握することが目的で、1969年から毎年実施されているものです。対象は経団連会員企業の労務担当役員などで、毎年、人事・労務に関わる幅広いテーマについて質問され、2025年調査では349社が回答しています。
2025年報告の主な内容として、大幅な賃上げや初任給の引き上げ状況に加え、ジョブ型雇用や社内副業といった多様な働き方の進展が報告されています。また、社員エンゲージメントの向上策や、博士人材の活用、健康経営への取り組みなど、企業の持続的成長に向けた人的資本投資の現状が浮き彫りになっています。労働時間の適正化や女性の健康支援、若手社員のキャリア形成についても具体的なデータが示され、最新の日本的人事管理の動向を包括的に把握できる貴重な資料となっています。
本稿では、2025年報告から以下のテーマを取り上げ、2週にわたって解説します。
①知っておきたい社会の仕組み:春闘が、私たちの賃金と未来をどう決めるのか?
②働き方の未来図:重要キーワード「ジョブ型雇用」「社員エンゲージメント」「健康経営®」を読み解く
1. 賃上げの2つの方法:「定期昇給」と「ベースアップ」
まず、賃金がどうやって上がるのか、最も基本的な2つの言葉から解説します。
1-1. 用語の基本
賃金の上がり方には、大きく分けて「定期昇給」と「ベースアップ」の2種類があります。
●定期昇給(定昇): 年齢や勤続年数に応じて、会社の賃金のルール(基本給テーブルなど)に沿って自動的に賃金が上がること。
定昇は、賃金体系(基準)はそのままで、個々の社員の職務遂行能力の向上などに基づき、個人の賃金を加算していく仕組みです。
• 仕組みと特徴:定昇の仕組みは、「エスカレーター」に例えて説明されることがあります。社員は個々にエスカレーターの段階を登っていきますが、最上段の社員が定年などで離職し、最下段から新しい社員が入ることで、企業全体の人件費総額(平均賃金)は変わらずに維持されるという性質を持っています。
• 日本での現状:2000年代の日本では、ベースアップがほぼゼロの状態でも、約2%の定昇は堅持されてきました。これにより、個人の賃金は年齢とともに上がりますが、マクロな視点で見れば人件費総額は増えない内転の状態が続いていました。
●ベースアップ(ベア): 基本給テーブルそのものを書き換えて、全社員の賃金水準を底上げすること。
ベアは、賃金の計算の土台(ベース)となる賃金水準そのものを引き上げることを指します。
• 仕組みと特徴:定昇が個人の「階段を登る」動きであるのに対し、ベアは「エスカレーター全体(基本給テーブルそのもの)を底上げする」動きです。
• 歴史的背景:「賃金ベース」という概念は、戦時中の賃金統制における「平均賃金」の管理に由来しています。戦後、労働組合がこの抑制的な枠組みを突破して賃上げを勝ち取ろうとする中で、「ベースアップ(ベア)」という言葉が一般化しました。
• 近年の動向::1990年代以降、日本では長らくベアゼロの時代が続きました。2014年以降、政権からの要請(官製春闘)などもありベアが復活し始め、特に2023年以降はかなりの水準のベアが実現しています。
1-2. 2025年のリアルな数字
では、実際のデータではどうなっているのでしょうか。2025年の春闘の結果を見てみましょう。
• 合計昇給率:5.50% (18,938円)
• うち定期昇給分:2.15% (7,409円)
• うちベースアップ分:3.35% (11,529円)
この結果から、「2025年は、個人の成長による定昇だけでなく、会社全体の給与水準を引き上げるベアが大きな割合を占めている」ことがわかります。この結果は、単に物価上昇に対応するだけでなく、好調な企業業績を社員に還元し、激化する人材獲得競争の中で魅力的な給与水準を提示する必要があった、という社会経済的な背景を強く反映しています。
2. 交渉の現場:労働組合は何を求め、会社はどう応える?
賃上げの基本的な仕組みがわかったところで、次にこの金額がどうやって決まるのか、交渉の現場をのぞいてみましょう。
毎年、2月から3月にかけて「春闘」という言葉がニュースで多く報道されます。春闘(正式には春季生活闘争)とは、簡単に言うと、働く人たちの代表である「労働組合」と、会社側の「経営者」が、毎年春に行う賃金や労働条件に関する話し合いのことです。この交渉が、その年の日本全体の賃金の動向を大きく左右します。
春闘は、労働組合が会社に要求を出し、それに対して会社が回答するという形で進みます。ここでは、実際にどのようなテーマが話し合われるのかをデータから読み解いていきましょう。
2-1. 労働組合の主な要求リスト
2025年の春闘で、労働組合が会社に求めたことのトップ3は以下の通りです。ここから、働く人たちが「何を当たり前」と考え、「何を重要視」しているかが見えてきます。
1.定昇の実施 (95.4%): 会社のルールとして決まっている定昇を、まずは確実に実施してほしいという、最も基本的な要求です。
2. 基本給のベア(64.3%): 物価上昇に負けないように、全社員の賃金の基礎水準そのものを上げてほしいという、生活に直結する重要な要求です。
3.有期雇用社員・パートタイム社員などの賃金引上げ・処遇改善(24.5%):正社員だけでなく、アルバイトや契約社員など、様々な立場で働く人たちの賃金や待遇も良くしてほしいという、働き方の多様化に対応した要求です。
2-2. 会社の回答は?
では、これらの要求に対して、会社側はどのように応えたのでしょうか。「基本給のベア」に対する回答状況を見てみると、交渉のリアルな姿が浮かび上がってきます。
データによると、「要求通りに満額回答した」企業が50.2%と最も多いものの、「要求を下回る回答をした」企業も36.0%存在します。この数字が示すのは、交渉は「お願い」ではなく、企業の支払い能力や経営戦略とぶつかり合う、真剣な「駆け引き」の場であるということです。
では、会社側は何を基準にこれらの判断を下しているのでしょうか?その背景にある経済的な理由を見ていきましょう。
3. なぜ賃金は上がるのか?会社が賃上げを決める3つの理由
会社が「よし、賃金を上げよう!」と決断するには、いくつかの重要な理由があります。感情論ではなく、経営上の合理的な判断に基づいています。
3-1. 賃上げ判断の裏側
企業が賃上げを決定する際に、特に重視した要素のトップ3は以下の通りです。
1.企業の業績(57.9%):これが最も大きな理由です。会社の売上や利益が好調であれば、その成果を社員に還元(分配)する余裕が生まれます。逆に、業績が悪ければ賃上げは難しくなります。
2.人材の確保・定着率の向上(48.8%):少子高齢化が進む日本では、優秀な人材の獲得競争が激しくなっています。他社よりも魅力的な賃金を提示しないと、良い人材に来てもらえなかったり、今いる社員が辞めてしまったりする可能性があるためです。
3.物価の動向(33.9%):モノやサービスの値段が上がる「インフレーション」が進むと、同じ賃金では買えるものが減ってしまい、実質的な生活水準が下がってしまいます。社員の生活を守るために、会社は物価上昇に合わせて賃金を上げることを検討します。
3-2. ベースアップの配分方法
ベースアップで賃金が上がるといっても、必ずしも全員が一律に同じだけ上がるわけではありません。会社は戦略的に配分方法を決めています。
最も多かったのは「一律定率配分(55.4%)」ですが、他にも「若年層へ重点配分(22.8%)」や「人事評価・成果などに応じた査定配分(14.7%)」といった方法があります。この配分方法は、その会社が何を大切にしているかを知るヒントになります。
例えば、「若年層へ重点配分」を重視する企業は、新卒などの若手人材の獲得に力を入れており、キャリアの早い段階で給与が伸びやすい可能性があります。一方で、「人事評価・成果などに応じた査定配分」を重視する企業は、成果を出した人が報われる実力主義の文化が強いことを示しており、自分の実力で高い評価を得たい人には魅力的に映るでしょう。
春闘のテーマは、実は賃金だけではありません。来週は、私たちの「働き方」を左右する重要な議題についても触れていきます。
この記事
を書いたのは・・・
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員