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【社エス通信】2026年2月号 新社会人が知っておきたい!働くうえでの重要労働判例4選

目次






はじめに

 この春から社会人としての一歩を踏み出す皆さん、おめでとうございます。期待に胸を膨らませていることと思いますが、同時に、会社という組織で働く上で知っておくべきルールも存在します。
 自分自身の権利を守り、会社と健全で建設的な関係を築くためには、労働法の基本的な考え方を理解しておくことが非常に重要です。法律と聞くと難しく感じるかもしれませんが、そのエッセンスは「判例」、つまり過去の裁判例に凝縮されています。裁判所が示した判断は、会社と労働者の間で起こる様々な問題に対する具体的な指針となるのです。
 この記事では、日本の労働関係の土台を築いたとも言える4つの重要な最高裁判所の判例を厳選し、そのポイントを新社会人の皆さんにもわかりやすく解説します。取り上げるのは、皆さんのキャリアにおいて直面しうる「採用内定」「試用期間」「転勤」「懲戒」という具体的な場面におけるルールを定めた、以下の4つの事件です。

  1. 三菱樹脂事件 :採用の自由と試用期間の意味
  2. 大日本印刷事件 :採用内定の法的な重み
  3. 東亜ペイント事件 :転勤命令はどこまで有効か
  4. フジ興産事件 :会社が従業員を罰するときのルール

 これらの知識は、いざという時に皆さんを守る「お守り」になると同時に、会社との良好な関係を築くための羅針盤にもなるはずです。

1.三菱樹脂事件:採用の自由と試用期間の法的意味

 キャリアのスタート地点である「採用」。この段階における会社と個人の関係性を定義づける上で、三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)は極めて重要な判例です。この判例は、「企業の採用の自由」と、多くの新人が経験する「試用期間」という2つのテーマについて、基本的な考え方を示しました。

「採用の自由」の原則

 まず、企業には原則として「どのような人物を、どのような条件で雇うかを自由に決定できる権利(採用の自由)」がある、という点が示されました。判決では、「企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない」と述べられています。
 これは、企業が経済活動の一環として誰と契約を結ぶかは基本的に自由であり、応募者の思想や信条を理由に採用を断ったとしても、直ちに法律違反とはならない、ということを意味します。この原則は、採用選考の段階では、企業の判断が広く尊重されることを示しています。

「試用期間」の法的性質

 一方で、採用された後は状況が大きく変わります。この判例は、採用後の「試用期間」を法的に「解約権留保付労働契約」であると位置づけました。これは少し難しい言葉ですが、要するに「会社との間で労働契約は既に成立しているが、会社側には『本採用はしない』という決定を下す権利(解約権)が留保されている状態」を指します。つまり、試用期間中であっても、皆さんは既に法的に保護されるべき労働者なのです。
 では、会社は自由に本採用を拒否(=解雇)できるのでしょうか。判決はそれも否定しました。本採用の拒否が認められるのは、「採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合」に限られる、とされています。これは、通常の解雇よりは広い範囲で認められるものの、決して無制約ではなく、 客観的に合理的な理由がなければ本採用を拒否することはできない、ということを意味します。

新社会人へのポイント

  • 会社は誰を採用するかについて幅広い自由を持っていますが、採用されれば試用期間中であっても、皆さんの労働者としての地位は法的に保護されます。
  • ただし、試用期間中の解雇は、通常の解雇よりも法的には認められやすい側面があります。しかし、それも自由に行えるわけではなく、勤務態度の不良や適性の欠如など、採用前に会社が知ることのできなかった客観的で合理的な理由が必要です。この判例は、採用選考段階では企業の力が強いものの、一度雇用契約が結ばれる(試用期間が始まる)と労働者の立場も法的に保護されるという、絶妙なバランスを示しています。

    では、採用が決まり、入社日を待つ「採用内定」の段階では、どのような法的保護があるのでしょうか。

2.大日本印刷事件:採用内定の重み

 就職活動を経て、多くの学生が手にする「採用内定」。これは単なる喜ばしい知らせや口約束ではなく、法的に非常に重い意味を持つ「契約」です。このことを明確に示したのが、大日本印刷事件(最二小判昭和54年7月20日)です。この判例を知ることで、安易な内定取り消しがなぜ許されないのか、その法的構造を理解できます。この判決は、学生が企業からの採用内定通知を承諾した時点で、「始期付き・解約権留保付きの労働契約」が成立すると判断しました。法律が内定をこれほど強く保護するのは、内定を得た学生がその企業に入社することを決め、 他の企業への就職活動をすべて中止するという現実を認識しているからです。皆さんの人生の選択を尊重し、その期待を守るためのルールなのです。それぞれの言葉の意味を噛み砕いてみましょう。

  • 始期付き : 労働契約の効力は「入社日(始期)」から開始される、という意味です。
  • 解約権留保付き : 会社は内定を取り消す権利(解約権)を持っていますが、その権利を行使するには、試用期間中の本採用拒否と同様に、非常に厳しい制約がある、という意味です。では、どのような場合に内定取り消しが許されるのでしょうか。判決は、その条件を次のように厳格に定めました。「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できるものに限られる」具体的には、以下のようなケースが考えられます。
     ・内定者が大学を卒業できなかった場合
     ・健康状態が著しく悪化し、働くことが困難になった場合
     ・重大な経歴詐称が発覚した場合
     ・犯罪行為で逮捕されるなど、企業の信用を著しく損なう行為があった場合

このように、内定取り消しが認められるのは、内定者側に重大な問題が発生した場合に限られます。

新社会人へのポイント

  • 採用内定を得て、誓約書などを提出した時点で、皆さんは法的に保護される労働契約を結んだ状態にあると見なされます。
  • 会社の都合による一方的な内定取り消し、例えば「景気が悪くなったから」「経営方針が変わったから」といった理由での取り消しは、原則として許されません。採用内定は、社会人としてのキャリアをスタートさせる皆さんにとって、非常に強力な法的保護の基盤となります。

    無事に入社を果たした後、次に皆さんが直面する可能性のある人事上の問題が「転勤」です。

3.東亜ペイント事件:転勤命令の有効性と限界

 多くの大企業では、いわゆる総合職として採用された場合、「転勤」はキャリアの一部として組み込まれていることが少なくありません。しかし、転勤は時に個人の生活に大きな影響を与えます。会社の転勤命令はどこまで認められ、その限界はどこにあるのか。この重要な問いに答えを示したのが、東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日)です。仕事と生活の調和(ワークライフバランス)を考える上で、この判例の知識は大きな意味を持ちます。この判決は、就業規則に転勤を命じることがある旨の定めがあり、勤務地を限定しない契約で採用されている場合、会社は原則として業務上の必要性に応じて労働者に転勤を命じる権利があると認めました。しかし、その権利は絶対的なものではなく、「権利の濫用」にあたる場合には無効となる、と判断しました。権利濫用と判断されるのは、主に以下の3つのケースです。

  • 業務上の必要性がない場合   ただし、判決が示す「業務上の必要性」は非常に広く解釈されます。「労働力の適正配置」「業務の能率増進」「労働者の能力開発」といった、企業の合理的運営に寄与する点があれば、必要性は肯定される傾向にあります。全く必要性がない、と証明するのは簡単ではありません。
  • 不当な動機・目的がある場合   これは、転勤命令が業務上の必要性からではなく、別の意図をもって行われるケースです。例えば、別の裁判例( フジシール事件 )では、退職勧奨を断った社員を退職に追い込むための嫌がらせとして発令された転勤命令が、不当な目的によるものとして無効と判断されました。
  • 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合   転勤が労働者の私生活に与える影響が、社会通念上、受け入れるべき範囲を著しく超える場合も権利濫用となります。 この東亜ペイント事件そのものでは、共働きの配偶者、2歳の幼い子、介護が必要な高齢の母親がいるという従業員の家庭事情は、転勤に伴い「通常甘受すべき程度のもの」とされ、過度な不利益とは認められませんでした。 しかし、この判決が出されたのは1986年です。現在では、 育児・介護休業法第26条で、企業は子の養育や家族の介護を行う労働者の状況に配慮することが義務付けられています。そのため、現在では同様のケースでも全く異なる判断が下される可能性が十分にあります。

新社会人へのポイント

  • 勤務地を限定しない契約(例:総合職)で入社した場合、原則として会社の転勤命令には従う義務があります。
  • しかし、その命令が嫌がらせ目的であったり、介護が必要な家族がいて家庭生活が事実上破綻してしまうほどの著しい不利益があったりする場合には、その命令は無効となる可能性があります。会社の転勤命令権は強力ですが、絶対的なものではありません。労働者の生活への配慮も求められるというバランスの上に成り立っています。

    最後に、もし会社で問題行動を起こしてしまった場合、会社はどのようなルールに基づいて対応するのでしょうか。

4.フジ興産事件:懲戒処分の根拠と手続き

 会社は組織の秩序を維持するために、ルールに違反した従業員に対して「懲戒処分」を行う権利を持っています。しかし、会社が一方的に思いのまま罰則を科せるわけではありません。懲戒処分を行うには厳格なルールがあり、それを守らなければならないことを明確に示したのが、フジ興産事件(最二小判平成15年10月10日)です。この判例は、労働者の権利を守るための重要な防波堤となっています。最高裁判所は、使用者が労働者を懲戒するためには、以下の2つの大前提が必要不可欠であると示しました。

  • 就業規則に懲戒の種類と理由が定められていること   会社が従業員を懲戒するには、まずその根拠となるルールが会社の公式なルールブックである「就業規則」に明記されていなければなりません。具体的には、「どのような行為(懲戒事由)が処分の対象となるのか」、そして「どのような種類の処分(譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇など)があるのか」が、あらかじめ定められている必要があります。
  • 就業規則が労働者に周知されていること   就業規則にルールが書かれているだけでは不十分です。その就業規則が、従業員がいつでも見られる状態(周知)になっていなければ、法的な効力を持ちません。具体的には、職場の見やすい場所への掲示、書面での配布、社内ネットワークでの公開といった方法で、全従業員にその内容が知らされている必要があります。

 この判決がなぜ重要なのか。その核心は、「後出しのルールで罰することはできない」という、近代法の基本原則を労働関係においても確認した点にあります。従業員は、どのような行為をすれば罰せられるのかを事前に知った上で行動を決定できる、ということが保障されているのです。

新社会人へのポイント

  • 会社が従業員を罰するには、その根拠となるルール(就業規則)が事前に存在し、かつ全従業員に知らされていることが絶対条件です。
  • 入社したら、一度は自社の就業規則に目を通し、服務規律や懲戒処分の項目を確認しておくことを強くお勧めします。それは、自らを守るための第一歩です。会社の懲戒権は、企業の秩序維持のために必要なものですが、その行使には明確な法的根拠と適正な手続きが不可欠です。感情的な理由や曖昧な根拠で従業員が不利益を被ることがないよう、法律が厳しくチェックしているのです。

まとめ:判例から学ぶ、会社と働く個人の健全な関係

 この記事では、新社会人の皆さんのキャリアの道のりにおいて重要な指針となる、4つの最高裁判例を解説してきました。これらの判例が示す核心的なメッセージは、単なる個別のルールではなく、皆さんの社会人としての歩み全体を貫く「企業の経営上の権利」と「労働者の権利保護」のバランスについての物語です。
 三菱樹脂事件と大日本印刷事件は、皆さんがオフィスに足を踏み入れる前の段階から、法的な保護が始まっていることを教えてくれます。単なる「内定」を法的に拘束力のある「契約」へと変え、試用期間中であっても労働者としての地位を保障することで、キャリアのスタートラインを守ります。そして、入社した後は、東亜ペイント事件とフジ興産事件が、会社が皆さんに対して持つ権限の「境界線」を定義します。転勤のような業務命令や、懲戒処分といった会社の権限行使は、企業の必要性と皆さんの権利や私生活への配慮とのバランスの上に成り立っていることを示し、無制限の権力行使に歯止めをかけているのです。
 これらの知識を身につけることは、単に不当な扱いから身を守るための防衛策にとどまりません。それは、会社と働く個人が互いの権利と義務を理解し、尊重し合う、対等で建設的な関係を築くための第一歩なのです。これから始まる皆さんの社会人生活が、実り豊かで充実したものになることを心から願っています。

参考資料:個別労働関係法ハンドブック—法令と判例—(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)


この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K

事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員



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