【社エス通信】2026年1月号 その「単発バイト」、実は違法かも?「スポットワーク」利用前に知っておきたい7つの落とし穴
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「スキマ時間で稼げる」「急な人手不足を解消できる」——。スポットワークは、その手軽さから働き手と企業の双方にとって急速に普及しています。スポットワークを仲介するアプリ運営の代表的な事業者はタイミー、シェアフル、ショットワークス、ワクラク、メルカリハロ(2025年12月でサービス終了)で、大手5社の延べ登録人数は、2019年12月の330万人から2024年秋頃には2,800万人へと、わずか5年足らずで約8倍に拡大しました。この数字は、スポットワークが現代の働き方として確固たる地位を築きつつあることを示しています。
しかし、その利便性の裏側には、多くの企業が見落としがちな法的なリスクや労務トラブルが潜んでいます。「アプリが仲介してくれるから大丈夫」という考えは通用しません。本記事では、「知らなかった」では済まされない、スポットワーク活用における7つの重要な法的落とし穴を、専門的な視点から解説します。
はじめに:スポットワークとは何か
スポットワークは、デジタルプラットフォームを通じた短時間・単発の就労で、「雇用型」(労働契約)と「非雇用型」(業務委託契約)があり、前者を狭義のスポットワーク、後者も含めた就労形態を広義のスポットワークと呼びます。
厚生労働省が昨年7月に公表したリーフレットでは、スポットワークを「短時間・単発の就労を内容とする労働契約のもとで働くこと」と定義し、雇用仲介アプリによるマッチングや賃金の立替払いなどを伴う形態を念頭に整理しています。本稿でも、スポットワークが労働契約であることを前提にして記載を進めます。
また、労働者派遣法では、日々または30日以内の期間を定めて雇用する労働者を「日雇労働者」と定義し、原則として禁止しています。このため、日雇派遣の禁止の例外(60歳以上、昼間学生、生業収入500万円以上、世帯年収500万円以上、ソフトウェア開発や通訳など一部の例外業務)を除き、労働者派遣の形態でスポットワークを行うことはできません。
1. 契約成立は「応募ボタン」を押した瞬間
「労働契約はいつ成立するのか?」この問いに対して、多くの担当者は「スポットワーカーが実際に勤務を開始した時」だと考えがちです。しかし、これは大きな誤解です。
法的には、法人が掲載した求人に労働者が応募した時点で、労働契約(解約権留保付労働契約)は成立すると解釈されます。面接や事前のやり取りがないスポットワークでは、応募ボタンが押された瞬間から、使用者としての法的な責任が発生するのです。
これが意味するのは、応募があった後の「キャンセル」は、単なる申し込みの取り消しではありません。法的には、労働契約成立後の「解約(解雇)」に該当する可能性があり、極めて慎重な対応が求められるということです。
解約権留保付労働契約とは
労働契約の中に「一定条件があれば、使用者または労働者が契約を解除できる権利(解約権)をあらかじめ留保しておく」取り決めがある契約形態です。
一般的には入社前の「内定」段階に見られ、例えば新卒採用において「卒業できなかった場合に採用内定を取り消す」など、あらかじめ明記された条件に該当すると判断された場合に、契約を解除できるようになっています。
ただし、この契約であっても、解約(解雇)には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上相当な理由が」が求められ、これらが欠ける場合は、解約権行使が権利濫用として解約(解雇)が無効となります。
2. 安易な「キャンセル」は休業手当の対象になる
前項の通り、応募があった時点で労働契約は成立しています。そのため、企業側の都合で一方的に仕事をキャンセルすることは、法的に重大な意味を持ちます。
労働契約成立後に企業側の都合で仕事をキャンセルした場合、それは労働基準法上の「使用者の責に帰すべき事由による休業」と見なされ、企業はスポットワーカーに対し、労働基準法26条により平均賃金の6割以上の「休業手当」を支払う義務が生じます。
さらに、キャンセル理由が企業の明確な過失(例:人員の二重確保、計画性のない募集など)にあると判断されれば、民法第536条2項に基づき、スポットワーカーは賃金の100%全額を請求できる可能性もあります。この問題の重要性から、一般社団法人スポットワーク協会などもガイドラインを公表しており、安易なキャンセルが業界全体の信頼を損なう行為であるとの認識が広がっています。
スポットワークの「柔軟性」とは、決して企業側が自由にキャンセルできる権利ではないのです。
民法536条2項と労働基準法26条の違い
- 民法536条2項:使用者の責めに帰すべき事由によって労務の提供をすることができなくなったときは、使用者は、賃金の支払いを拒むことができない。(労働契約関係に置き換えて記載)
- 労働基準法26条:使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
使用者の「責(め)に帰すべき事由」ですが、民法では「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」とされ、労働基準法では民法よりも広く、「民法上は使用者の帰責事由とならない経営上の障害も天災事変などの不可抗力に該当しない限りは含まれる」と解釈されています。
3. 「着替え」や「待機時間」も給料が発生する労働時間
契約の「成立タイミング」と同様に、賃金が発生する「労働時間」の定義もまた、多くの企業が誤解しがちなポイントです。求人票に記載された時間だけが労働時間だと考えてはいけません。
以下の時間は、使用者の指揮命令下にあると見なされ、労働時間に含まれます。
・指定された制服への着替え
・業務前の朝礼
・使用者の指示による待機時間
・業務に関連する後片付け(清掃など)
これらの付随的な時間も賃金支払いの対象です。求人票に記載する始業・終業時刻は、こうした準備や後始末の時間も考慮して設定しなければなりません。これを怠ると、意図せず賃金未払いという法令違反を犯すリスクがあります。
4. 責任を負うのは「アプリ運営会社」ではなく「あなた」
スポットワークは、「労働者(スポットワーカー)」「使用者(企業)」「仲介事業者(アプリ運営会社)」の三者で成り立っています。ここで絶対に誤解してはならないのは、責任の所在です。
労働契約の当事者は、あくまで貴社とスポットワーカー本人です。仲介事業者であるアプリ運営会社は、雇用主ではありません。プラットフォームはあくまで「出会いの場」を提供するだけであり、雇用における全ての責任は、労働の対価として事業の利益を得る使用者が負う、というのが法の基本的な考え方です。
「アプリのルール通りにやっているから問題ない」という考えは通用しません。労働条件の明示から安全配慮義務まで、雇用主として負うべきすべての責任は、貴社自身にあるのです。
5. 知らないでは済まされない「労働時間通算」の罠。残業代はあなたの会社が払う
これは多くの企業が見落としている、非常に専門的かつ重要なルールです。労働基準法には「労働時間の通算」という規定があります。
これは「労働時間は、事業場を異にする場合においても、通算する」というものです。具体的には、あるスポットワーカーが同日に別の会社で5時間働いた後、貴社で4時間働いたとします。貴社での労働は4時間ですが、その日の合計労働時間は9時間となります。この場合、1日の法定労働時間8時間を超えた1時間分については、貴社が割増賃金(残業代)を支払う義務を負うのです。
このリスクを回避するためには、「就労日に他社で働く場合は、その旨および労働時間を申し出ること」といった一文を労働条件通知書に加えるなど、事前の対策が不可欠です。
6. たった1日の勤務でも「労災保険」は適用される
「単発の仕事だから、労災は関係ない」というのは完全な間違いです。スポットワーカーも、労働者である以上、労災保険の対象となります。
仕事中の負傷はもちろんのこと、自宅から就業場所へ向かう「通勤途中」の事故も労災保険の給付対象です。労災保険料は法人が全額負担する義務があり、万が一事故が発生した際の責任は使用者が負います。
また、労働安全衛生法に基づき、労働者が安全に働ける職場環境を整える「安全衛生の確保」義務も当然あります。特にスポットワーカーにとって初めての現場では、一瞬の不注意が事故につながりかねません。短時間でも確実に安全教育を実施できる体制が不可欠です。
7. 「ハラスメント」の防止措置も当然の義務
ハラスメント防止措置は、正社員やパートタイマー・アルバイトだけでなくスポットワーカーにも等しく適用されます。日本労働組合総連合会の調査によれば、スポットワークでトラブルを経験した人のうち15.6%が「セクハラやパワハラなどのハラスメントがあった」と回答しており、これは決して軽視できない数字です。
特に、接客を伴う業務が多い場合、従業員間だけでなく、顧客など第三者からのハラスメントも想定しなければなりません。相談窓口の設置や、問題が発生した際に現場責任者が即時に介入できるような対応フローを整備しておくことが、使用者としての義務です。
まとめ:未来の働き方を支える、誠実なルール運用
今回解説した7つのポイントは、スポットワークという新しい働き方を安全かつ有効に活用するための、いわば「交通ルール」です。手軽さや利便性というメリットを享受するには、その裏側にある法的義務を正しく理解し、誠実に運用することが不可欠です。
スポットワークは、単なる一時的な労働力確保の手段に留まりません。勤務状況を通じて人材の適性や能力を見極め、「より長期の雇用契約に切り替える」きっかけにもなり得ます。人手不足が深刻化する中で、スポットワークは優秀な人材と出会うための新しい採用ツールとしての可能性も秘めているのです。
法令遵守は、単なるリスク回避ではありません。スポットワーカーが安心して働ける環境を提供することは、企業の社会的信頼を高め、ギグエコノミーの時代において優秀な人材から「選ばれる」ための最も確実な戦略なのです。あなたの会社は、新しい働き手の権利と尊厳を守り、信頼されるパートナーとなる準備ができていますか?
この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員