• トップ
  • お知らせ
  • 【社エス通信】2025年2月号 「限定正社員制度」導入のポイント

【社エス通信】2025年2月号 「限定正社員制度」導入のポイント

目次

 









   

 近年、働き方に対する価値観の多様化が進み、従業員がより柔軟に働くことのできる制度が求められています。その一つとして、働く時間に制約がある人が、ワーク・ライフ・バランスを図りつつ就業できる制度として、短時間正社員制度が注目されています。
 昨年11月29日、第216回臨時国会における所信表明演説に臨んだ石破総理も、この「短時間正社員」という新しい働き方を提唱しました。石破総理は「先般の選挙で示された国民の皆様の声を踏まえ、比較第一党として、自由民主党と公明党の連立を基盤に、他党にも丁寧に意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られるよう、真摯に、そして謙虚に、国民の皆様の安心と安全を守るべく、取り組んでいく」と述べ、次の3つの重要政策課題への対応を進めることについて、演説しました。
①首脳外交を経た今後の外交・安全保障政策
②日本全体の活力を取り戻す
③治安・防災
 このうち②の「日本全体の活力を取り戻す」においては、地域の活力を取り戻す地方創生の再起動、賃上げと投資が牽引する成長型経済への移行、全世代型社会保障の構築の3つの取組を強力に進めていくこととしています。その中で「地方創生2.0を起動し、たとえば、時間に余裕を持ちながら正社員としての待遇を得る“短時間正社員“という働き方も大いに活用すべき」と述べています。

 さて、労働力人口が減少しつつある昨今、非正規として働いている人にこれまで以上の活躍をしてもらうことで、人材を確保・活用していく必要性が高まっています。そのためには、正社員と非正規雇用労働者との働き方の二極化を緩和し、企業における優秀な人材の確保・定着と労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスの実現を可能とする多様な働き方の実現が求められています。
 そうした働き方や雇用の在り方の一つとして、近年、勤務地・職務・勤務時間を限定した「多様な正社員」が注目されています。なお、本記事では、多様な正社員を「限定正社員」とします。

限定正社員とは

 限定正社員とは、無期・直接雇用ではありますが、勤務地・職務・勤務時間のいずれかまたは複数において限定性を有する正社員をいいます。いわゆる“正社員”と呼ばれる、勤務地・職務・勤務時間に限定のない「無限定正社員」と対比される雇用形態のことです。







 下表をご覧いただくと、限定正社員は、大企業を中心に導入されていることがわかります。内訳をみると、職務限定を設ける企業が9.8%、勤務地限定が9.6%、勤務時間限定が7.5%となっています。

限定正社員の導入状況









 企業が限定正社員を導入した理由として、勤務地限定正社員では「正社員の定着を図るため」が、職務限定正社員では「職務を限定することで、専門性や生産性の向上をより促すため」が、勤務時間限定正社員では「育児・介護等と仕事との両立への対応のため」がそれぞれ最も多くなっており、限定種類に応じた導入理由となっていることがわかります。
 なお、限定正社員については、働き方や導入理由が限定種類によって変わってくることから、企業は自社への導入要否や制度設計をそれぞれの事情に合わせて検討することが肝要です。
 ところで、中小企業においては、無限定の働き方では優秀な人材を確保できない現実があることから、個別に対応した結果、働き方が多様化しているという実態があります。これを踏まえると、限定正社員の導入は、中小企業にとっても非常に有益だといえます。

※勤務時間限定正社員と時短勤務との違い
 時短勤務は、育児・介護休業法に定められた子育てや介護と仕事の両立を図るためにフルタイム正社員が勤務時間を短くして働く制度です。勤務時間限定正社員は、適用条件に制限がなく子育てや介護以外の理由であっても対象となります。

限定正社員制度のメリット・デメリット

 限定正社員制度を導入することで、企業には次のようなメリットが生じうると考えられます。
①優秀な人材の確保・定着
 育児や介護といった事情により時間的・地域的な制約(転勤やフルタイムでの勤務ができないなど)がある従業員の離職を防ぐことができます。柔軟で多様な働き方の導入は、優秀な人材の活躍と定着につながります。
②多様な人材の受け入れ・活用
 採用できる人の条件(採用の間口)を広げることができ、企業の競争力を上げるために有効です。必要なポストに、適切な人材を、適正なコストで配置しやすくなることがメリットだといえます。
③人材流出の防止、技能の蓄積 
 仕事内容を限定して多様な働き方を認めることで、専門性の高い人材が長く活躍してくれるようになり、人材定着の面でも効果が期待できます。その結果として、企業に技術・ノウハウを蓄積していくことが可能となります。

 一方で、限定正社員制度の導入にはいくつかのデメリットがあります。
①限定正社員と無限定正社員との処遇のバランス 
 限定正社員と無限定正社員とがお互いの待遇を比較し、不満を抱いたり不服を訴えたりする従業員が出てくる可能性があります。労働条件の違いは人間関係にも影響を及ぼすことがありますので、限定内容と給与等待遇とのバランスを図り、限定正社員と無限定正社員の双方に不公平感を与えない制度設計が必要です。
②人事労務管理の複雑化
 限定正社員は人によって労働条件がそれぞれ異なるため、細かい制度設計が必要です。また、雇用形態が増えることで、勤怠管理や給与計算、人事評価などの人事労務管理が複雑になり、人事労務部門の業務量が増加する可能性があります。

限定正社員制度の導入手順

 限定正社員制度の導入にあたっては、次のようにステップ1からステップ5の手順で進めていきます。
ステップ1(導入目的の整理)
 事業戦略等に応じて、自社の人材活用戦略を考え、限定正社員制度の導入目的を整理します。
ステップ2(活用方針の検討)
 導入目的に応じて、どんな社員区分を取るかを決め、社員区分ごとの活用方針を検討します。
ステップ3(現状把握と実施案の詳細検討)
 活用方針に基づいて、あるべき姿と現状とのギャップを精査し、あるべき姿の具体化(実施案の詳細検討)を行います。
ステップ4(就業規則の改定)
 検討した詳細内容を就業規則上に明文化します。詳細は、次項で紹介します。
ステップ5(導入・移行、運用)
 明文化した就業規則の運用に向けて、周知事項・方法、移行措置を整理します。また、制度導入後も他社事例などを参考に運用の改善を行います。

限定正社員の導入手順














就業規則の改定ポイント

 限定正社員の社員区分を新設する場合は、就業規則における次の項目を改定する必要があります。
■各社員区分の定義・適用範囲 
■正社員(正社員・限定正社員)の区分と定義
■労働条件の明示 
■転勤・出向・職種等の変更 
■解雇
■定年・退職
■賃金、賞与・退職金

 「正社員(正社員・限定正社員)の区分と定義」について、規定例を挙げておきますので、参考にしてください。限定正社員に関する規定(例)




 

 





 また、各種転換制度の導入を行う場合には、それぞれの転換ルートについて、転換の条件(勤続年数、勤務成績、転換試験等)や申出の手続き、転換時期などを就業規則に定めることが必要です。
◆契約社員・パート(有期労働契約)から正社員・限定正社員(無期労働契約)への転換
◆正社員から限定正社員への転換
◆限定正社員から正社員への転換  など

 なお、処遇や雇用条件の異なる社員区分が複数存在する企業において、それらの区分の従業員を正社員と同じ就業規則で規定すると非常に複雑なものとなり、トラブルのもとになる可能性があります。そういった場合には、全従業員を対象とした一つの就業規則ではなく、社員区分ごとの就業規則(正社員就業規則、限定正社員就業規則、契約社員就業規則、パート就業規則等)を定めることが一般的です。

雇用管理上の留意点

 限定正社員制度を円滑に導入・運用し、企業と従業員双方にとって意義のある制度とするため、雇用管理上の留意点を7つあげておきます。
①書面による限定の内容の明示
 従業員にとってキャリア形成の見通しがつき、ワーク・ライフ・バランスを図りやすくするとともに、企業にとって優秀な人材を確保しやすくするために、書面により限定の内容を明示することが重要です。また限定内容の明示は、転勤や配置転換などに関する紛争の未然防止に資することとなります。限定正社員への転換制度
 非正規雇用従業員の希望に応じて、雇用の安定を図りつつキャリア・アップや勤続に応じた処遇が得られるよう、限定正社員への転換制度を設けることが望ましいといえます。また、従業員のワーク・ライフ・バランスの実現や、企業の優秀な人材の確保・定着などのため、無限定正社員から限定正社員への転換制度を用意することも望まれます。
③限定正社員と無限定正社員との均衡処遇
 限定正社員と無限定正社員との双方に不公平感を与えず、また、モチベーションを維持するため、限定正社員と無限定正社員間の処遇の均衡を図ることが望まれます。
④無限定正社員の働き方の見直し
 限定正社員を活用しやすくするために、無限定正社員の働き方(所定外労働、転勤や配置転換の必要性や期間など)を見直すことが望まれます。
⑤人材育成・キャリア形成
 無限定正社員に限らず限定正社員に対しても、職業能力を計画的に習得できるよう、職業訓練機会を付与するとともに、中長期的なキャリア形成に役立つ専門的・実践的な教育訓練への支援を行うことが望まれます。
⑥制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション
 限定正社員制度を円滑に導入・運用するため、制度の設計・導入・運用の際には、従業員に対する十分な情報提供と、従業員との十分な協議を行うことが肝要です。
⑦事業所閉鎖や職務の廃止などへの対応
 多様な働き方を認めて勤務地・職務・勤務時間を制限していても、限定正社員が無限定正社員と同じ無期雇用契約であることには変わりありません。そのため、解雇は、無限定正社員と同じく「客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当であると認められる」状況でないとできない、と解されます。
 勤務地や職務の限定が明確にされているとしても、事業所の閉鎖や職務の廃止の場合に直ちに解雇が有効となるわけではありません。事業所閉鎖や職務の廃止等に直面した場合は、解雇回避のための措置として、限定正社員の個別同意を得て配置転換などを可能な範囲で行うことが求められます。多様な働き方を認めることは非常に重要なことですが、限定正社員が無期雇用契約であることを認識しておかなければ、後々大きな問題になってしまうこともありますので、くれぐれもご留意ください。
 また、限定正社員は「広範囲の配置転換を前提としない雇用契約」であるため、例え解雇回避を目的とした配置転換であっても、一方的な命令はできず、限定を解除する手続きが必要で、あくまで個別同意に基づいて配置転換などを実施しなければならないことに留意する必要があります。

職種限定合意と配転命令の有効性

 上記⑦に関連して、「職種限定合意が認められた労働者に対して、個別合意がないまま職種限定合意に反する配転命令を行うことはできない」ことを示した裁判例があります。

滋賀県社会福祉協議会事件











 滋賀県社会福祉協議会で技術職として長年勤務した男性従業員が「同意のない事務職への配置転換は無効だ」として、同会に約110万円の賠償を求めた訴訟の差し戻し審判決で大阪高裁は1月23日、配置転換は違法だとして約88万円の支払いを命じました。
 第一審の京都地裁判決では、「配転命令は業務廃止による解雇の回避が目的で必要性があり適法」と判断し、第二審の大阪高裁も、基本的には第一審を支持し、黙示の職種限定合意を認めながら「配転命令権の濫用は認められない」としました。しかし、昨年4月26日に、最高裁が、職種を限定する労使合意がある場合、使用者が労働者の同意なく配転を命じる権限はないとの初判断を示し、審理を差し戻していたものです。

 この最高裁判決は、勤務地限定がある場合にも妥当するものと考えられます。就業規則に配転の定め(例えば「業務上の必要性があるときは配転を命ずることができる」という条項)があったとしても、一定の職種や勤務地に限定して配置するという合意は、就業規則の配転命令権に優先することになります。よって、限定正社員本人の個別同意がなければ、職種や勤務地を限定する合意に反するような配転命令をすることはできません。

さいごに

 これからの時代には、個人が自由度の高い働き方や暮らしを通じて、生産性を高め、豊かさや仕事のやりがいを感じられるようにしていくことが求められていきます。多様な働き方ができれば、企業に多様な人材が集まり、組織の多様性を成長につなげることができます。
 また、働き手のワーク・ライフ・バランスの重視やキャリア志向が多様化した時代においては、転勤や残業を当然のこととして受け入れる無限定正社員を前提とした人事制度だけでは、優秀な人材の採用・定着だけでなく、活躍を実現することが難しくなってきています。
 このような変化を受けて、「これからの人事労務管理」は、それぞれの従業員が働き方やキャリアパスを選択できるような、多様性と柔軟性に富む管理になっていくと思われます。
 今回ご紹介した限定正社員制度は、多様な働き方に対応する雇用の在り方の一つで、働ける場所や時間に制限のある人材にも、その能力を最大限に発揮してもらえる環境を提供することができます。本記事を参考に、それぞれの事情に合わせて限定正社員制度の導入をご検討され、「これからの人事労務管理」にお役立ていただけますと幸いです。

参考:多様な働き方の実現応援サイト(厚生労働省)

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K

事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。








 

サービスに関するお悩み、
ご相談やお見積り依頼等のお問い合わせはこちらから

※企業様からのお問い合わせを受け付けております。

電話アイコン

お電話でのお問い合わせ

03-6826-6333

平日9:00 - 17:30

ページトップへ戻る