• トップ
  • お知らせ
  • 【社エス通信】2026年7月号 産業医とともに進める「中小企業の健康管理」

【社エス通信】2026年7月号 産業医とともに進める「中小企業の健康管理」

目次














はじめに

「従業員が50人を超えたので産業医を選任したけれど、月1回お越しいただいて、健診結果を確認していただくだけになっている」――そうした声をよく耳にします。
本記事は、産業医との連携を一歩深めたいとお考えの事業主・人事担当者の方に向けた内容です。
毎月報酬をお支払いして契約している産業医は、健康診断の確認にとどまらず、さまざまな役割を担うことができます。法令上の選任義務を満たすだけでなく、産業医の専門性を職場づくりに活かすことで、従業員の健康と会社の安定の双方につながります。
本記事では、社会保険労務士の立場から、産業医との連携を深めるための具体的なポイントを、できるだけ専門用語をかみ砕いてお伝えします。


1.まずは2026年の動きから

2026年は、産業医に関するルールが少し動きます。手続きの確認はもちろん大切ですが、それ以上に大きいのは、人手不足が深刻になるなかで「従業員に長く健康に働き続けてもらうこと」が、会社の存続そのものを左右するテーマになっているという現実です。
採用がますます難しくなるなか、今いる従業員が体調を崩して辞めてしまうことは、中小企業にとって大きな痛手です。だからこそ、健康管理を福利厚生や労働基準監督署対策と捉えるのではなく、人材を守り、会社の10年後の価値を高める「投資」として考え直すタイミングなのです。
そして、その投資の中心にいるのが産業医です。形式的な選任にとどめるのではなく、会社の実情を理解してもらい、職場の改善をともに考えていく関係へ。この連携の深まりが、これからの会社の安定につながります。

2. 知っておきたい手続きの基本 ―― 選任と報告のルール

産業医との連携を進める前提として、まずは入口となる手続きを正しく整えておきましょう。ここを押さえておくだけで、労働基準監督署から余計な指摘を受けるリスクがぐっと下がります。
●選任は「事業場ごと」に50人から
産業医を選任する義務があるのは、常時使用する労働者が50人以上の事業場です。ここで注意したいのは、会社全体ではなく事業場ごとに数える点と、パートタイマーや契約社員、さらには自社で受け入れている派遣労働者も人数に含まれる点です。本社と支店が別の場所にあれば、それぞれで50人を超えているかを確認する必要があります。
●産業医が辞めたら14日以内に次の先生を
契約していた産業医が辞任するなどして空席になった場合は、その日から14日以内に新たな産業医を選任しなければなりません。「探している間に時間が経ってしまった」ということがないよう、日頃から地域の医師会や健診機関とのつながりを持っておくと安心です。
●2026年8月1日から、辞任・解任の報告が義務に
これまでも、産業医を選任したときは遅滞なく所轄の労働基準監督署長へ電子申請で報告することになっていました。これに加えて、令和8年(2026年)8月1日からは、産業医が「辞任・解任・退任」したときの報告も義務づけられます。あわせて、辞任や解任があったときは、その旨と理由を衛生委員会(または安全衛生委員会)にも遅滞なく報告することが求められます。
なお、新しい産業医の選任と、前任者の辞任等を同時に報告する場合は、辞任等の報告は不要とされています。交代のタイミングでまとめて手続きすれば、二度手間を避けられます。なお、労働者数が50人未満になったことに伴う辞任等は報告義務の対象外ですが、選任状況を正しく把握するためにも、労働基準監督署への報告が推奨されています。
●健診結果の報告書には産業医の氏名を
50人以上の事業場では、定期健康診断を実施したら、その結果を所轄の労働基準監督署へ報告します。このとき、報告書に産業医の氏名を記載する欄がありますので、忘れずに記入してください。
電子申請は「e-Gov電子申請」のほか、「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」からも行えます。紙の手続きに比べて時間も手間も省けますので、この機会に切り替えをご検討ください。

3. 産業医は、どのような役割を担うのか

産業医の仕事は、法律上9つに整理されています。少し堅い表現が並びますが、ざっくり言えば「従業員が健康に働き続けられるように、医学の目線で会社を支える」役割です。具体的には次のような場面で力を発揮します。
• 健康診断の結果をチェックし、働き方の調整が必要かを判断する
• 長時間働いた人や、ストレスが高い人と面談する(面接指導)
• 病気を抱えながら働く人の「治療と仕事の両立」を支える
• 月1回、職場を見て回る(職場巡視)
• 衛生委員会に出席して、医学的な意見を述べる
• 健康相談に乗る、健康教育を行う
ポイントは、産業医は「病気を治す主治医」とは役割が違うということです。主治医が患者さん一人ひとりの治療を担うのに対し、産業医は「この健康状態で、この仕事を続けて問題ないか」を、職場の実情とあわせて、労使どちらにも偏らない中立的な立場で判断します。だからこそ、会社の仕事内容を産業医に正しく理解してもらうことが、適切な助言を得るための前提になります。
ちなみに、産業医は約10万人いるとされ、その多くは普段クリニックや病院で診療をしながら、兼業で産業医を務めています。契約する際は「うちの会社は特にこの分野に力を入れてほしい」(例:健診後の面談、メンタル対策、がんなどの両立支援、長時間労働者の面接など)という要望を、はじめにすり合わせておくとミスマッチを防げます。

4. 健康診断を結果の活用までつなげる

産業医との連携の第一歩は、健康診断の活用です。健康診断は「実施すること」がゴールではありません。本当の目的は、結果をもとに「この人は今の働き方で問題ないか」を確認し、必要なら働き方を調整することにあります。

「A〜E判定」と「就業区分」は別物です
健診を外部機関に委託すると、各項目に「A異常なし」「D要医療」といった区分がついて返ってきます。ここで多くの人事担当者がやりがちなのが、「D判定だから休ませよう」といった判断です。しかし、このA〜Eはあくまで健診機関が独自に決めている医療上の目安にすぎません。
会社として本当に知りたいのは、「この人を、通常どおり働かせていいのか」という点です。これを判断するのが、産業医が示す就業区分です。就業区分は、次の3つに分けられます。

区分

内容

就業上の措置の例

通常勤務

制限なし

そのまま勤務してよい

就業制限

負荷を軽くする必要がある

残業・出張の制限、作業内容や勤務場所の変更など

要休業

一定期間休ませる必要がある

休暇・休職などで療養させる

健診結果が届いたら、まず産業医に目を通してもらい、「会社として対応が必要なレベルか」「必要なら、どの就業区分か」を仕分けしてもらいましょう。このとき、対象となる従業員の労働時間や作業内容、夜勤の有無といった働き方の情報を産業医に積極的に渡すことが大切です。同じ検査値でも、デスクワークの人と高所作業の人とでは、必要な配慮がまったく変わってくるからです。

「病院に行ってください」が響かない理由
「要医療」と書かれていても、なかなか病院に行かない従業員は少なくありません。理由はさまざまで、面倒、検査が怖い、お金がかかりそう、放置するとどうなるかわかっていない、などです。
ここで効くのが、産業医による翻訳です。専門家から「今の数値を放っておくと、こういうリスクがあります」と医学的に説明してもらうと、本人が自分のこととして受け止め、受診のハードルがぐっと下がります。
なお、「結果は本人に渡したのだから、行かないのは本人の責任」と済ませるのは避けたいところです。会社は健診結果を把握している以上、治療が必要とわかっていながら同じ働き方をさせ続けていた、という点で安全配慮義務を問われかねません。受診勧奨は、従業員の健康のためであると同時に、会社のリスク管理の面でも意味のある対応です。
産業医の時間が限られていて保健指導まで手が回らない場合は、保健師に依頼する、協会けんぽなどの特定保健指導(40歳以上が対象)を活用する、50人未満なら地域産業保健センターの保健師を使う、といった方法も検討できます。

5. 治療と仕事の両立支援 ―― 働き続けられる環境づくり

働く人の高齢化が進み、がんや心臓の病気などを抱えながら働く従業員は増え続けています。ある調査では、3年間に「病気を理由に1か月以上続けて休んだり、就業制限が必要になったりした従業員がいる」と答えた企業は62.4%にのぼりました。配慮さえあれば働き続けられた人が辞めてしまうのは、会社にとって大きな損失です。
ここで産業医に担ってもらいたいのが、主治医と会社をつなぐ通訳です。流れはこうです。会社が「勤務情報提供書」で職場の状況(仕事内容や勤務時間、利用できる制度など)を伝え、本人を通じて主治医に渡します。主治医からは、就業を続けられるか、どんな配慮が望ましいかについて意見をもらいます。その医学的な意見を、産業医が「では、この職場では具体的にこう配慮しましょう」という形に落とし込んでくれるのです。
このとき、両立支援を思いつきで進めないことが大切です。あらかじめ会社として「治療と仕事の両立を応援します」という方針を表明し、相談窓口を決め、時間単位の有給休暇・病気休暇・時差出勤・短時間勤務・在宅勤務といった制度を整えておくと、いざというときにスムーズに対応できます。これらの制度は、病気の人だけでなく、育児・介護中の従業員にとっても働きやすさにつながります。
また、同じ病名でも、重症度や治療方針は人によって大きく異なります。「がんだからもう働けない」と決めつけず、産業医の評価をもとに個別に判断することが、本人の納得にも、周囲の「なぜあの人だけ配慮されるのか」という不公平感の解消にもつながります。
両立支援は、「医学的な評価」「適切な労務管理」「社会保障制度の活用」の3つが噛み合って初めてうまくいきます。医学的な評価は産業医、労務管理と制度設計は私たち社労士の出番です。実際に、社会保険労務士に相談した企業の72.3%が「状況が改善した」と回答した調査もあります。傷病手当金などの制度活用も含め、産業医と社労士の両輪でサポートさせていただきます。

6. 心身の不調を防ぐ ―― ストレスチェックと長時間労働対策

代わりの人をすぐに確保しづらい中小企業にとって、メンタル不調による休職は最も避けたいリスクの一つです。これを未然に防ぐ予防の要も、産業医です。

ストレスチェックは「やって終わり」にしない
50人以上の事業場では、年1回のストレスチェックが義務です。結果そのものは本人にしか通知されず、会社は見られません。高ストレスと判定された人から申し出があれば、医師(できれば産業医)による面接指導を行います。
ここで一歩進めたいのが、集団分析の活用です。部署ごとに結果を集計すれば、「どの職場にストレスが集中しているか」が見えてきます。個人を特定せずに職場全体の傾向をつかみ、業務の偏りや人間関係の課題に手を打てるのです。義務ではありませんが、職場環境の改善につながる貴重なデータですので、ぜひ実施をおすすめします。

月80時間を超えたら、産業医に名前と時間を
時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が見られる従業員から申し出があった場合は、医師による面接指導が義務です。さらに、80時間を超えた従業員については、その氏名と労働時間を産業医に提供する義務があります。面接の際は、対象者の正確な労働時間と健康診断の結果を産業医に渡しましょう。長時間労働は脳・心臓疾患やメンタル不調のリスクを高め、労災認定の要件にも関わるため、会社のリスク管理という意味でも重要です。

「勧告」は重く受け止める
産業医が「これは緊急に対応が必要だ」と判断したときは、会社に対して勧告を行うことができます。会社はこの勧告を尊重しなければならず、勧告を受けたら、その内容と会社が講じた措置を遅滞なく衛生委員会に報告し、記録を3年間保存する必要があります。勧告は、産業医からの最も強いメッセージです。形式的に流さず、職場改善のきっかけとして真摯に受け止めましょう。

7. 産業医に職場の実情を伝える ―― 職場巡視と日常の対話

産業医が的確な助言を行えるかどうかは、会社が産業医にどれだけ職場の情報を伝え、対話を重ねているかに大きく左右されます。あるパンフレットには、こんな対照的な事例が紹介されています。
ある約60人の会社では、産業医はオフィスをさっと見回り、「何か困っていることはありますか」と聞いて「大丈夫です」と返されて1時間で終わる、という訪問が続いていました。担当者の側も「先生はお医者様だから、くだらないことを聞いたら失礼かも」と遠慮していたのです。そこでこの会社は、委員会と巡視のあとに雑談の時間を設けました。従業員のお昼ごはんの傾向、仕事のどこが大変か、休日の過ごし方……。一見たわいない話から、「腰痛で困っている人が多い」「昼食の偏りと健診結果に関係がありそうだ」といった、保健指導のヒントが次々に見えてきたといいます。
別の約50人の小売業の会社では、これまで要治療の人だけ面談していたのを、健診結果に関係なく全従業員と順番に面談する方式に変えました。すると、ある従業員から「忙しい時期は休憩を早めに切り上げる人がいて、自分も1時間休むのが悪いことのように感じてしまう」という声が。同じ不満を持つ人が複数いると分かり、衛生委員会で産業医が問題提起し、休憩の取り方が見直されました。従業員からは「産業医は病気のことだけでなく、働き方の相談にも乗ってくれるんだ」と評価が高まり、その後さまざまな相談が寄せられるようになったそうです。
職場巡視も、ただオフィスを歩くだけではもったいない機会です。製造現場や建設現場がある会社なら、産業医に実際に現場へ足を運んでもらい、作業の様子を肌で感じてもらいましょう。現場の「手触り」を共有してこそ、産業医のアドバイスに実効性が宿ります。
大切なのは、産業医を遠い存在にせず、職場の実情を率直に共有できる関係を築くことです。会社の事業内容や課題を、社長自らが言葉にして伝える。その積み重ねが、産業医の助言をより実効的なものにしていきます。

会社側がやっておくべき「土台づくり」
産業医に存分に動いてもらうために、会社が整えておくべきこともあります。リーフレットでは、次の点が事業者の役割として挙げられています。
• 権限を渡す:会社や総括安全衛生管理者に意見を述べる、健康管理に必要な情報を本人から集める、緊急時に必要な措置を指示する、といった権限を産業医に付与する。
• 情報を提供する:健診や面接指導の事後措置の内容、80時間超の従業員の氏名と労働時間、健康管理に必要な業務情報などを渡す。
• 勧告への対応を整える:勧告を受けたら衛生委員会へ報告し、記録を3年間保存する。
• 従業員に周知する:産業医の業務内容、健康相談の申し込み方法、健康情報の取り扱い方法を従業員に知らせる。
特に「従業員への周知」は見落とされがちですが、産業医がいても、その存在や相談方法を従業員が知らなければ、相談にはつながりません。社内掲示やイントラネットなどで、「産業医に相談できます」と分かりやすく伝えておきましょう。

8. 信頼の土台 ―― 健康情報は丁寧に扱う

従業員が安心して産業医に相談できるのは、「自分の健康情報がきちんと守られている」という信頼があってこそです。2019年4月の法改正と指針により、会社は健康情報の取扱規程を定めることが求められています。
健康情報は、次の3段階に分けて考えます。①会社が必ず扱う情報(法定健診の結果など)、②本人の同意は不要だが適切に扱うべき情報(面接指導の結果など)、③あらかじめ本人の同意が必要な情報(胃のバリウム検査など、法律で義務づけられていない健診の結果など)。この区分を踏まえ、誰がどこまで情報を扱えるのかを規程で明確にしておくことが重要です。
保存期限も押さえておきましょう。健康診断の結果は原則5年、長時間労働やストレスチェックに伴う面接指導の報告書は5年、衛生委員会の記録は3年が原則です。ただし、業務によっては例外があり、たとえば石綿(アスベスト)に関する健診や作業記録は40年と長期の保存が必要です。
なお、健康診断などの事務に携わった人には、知り得た従業員の秘密を漏らしてはならないという守秘義務があり、違反には罰則も定められています。健康情報を必要以上に社内で広めないこと。この当たり前を徹底することが、従業員からの信頼、ひいては産業医制度がうまく回ることにつながります。

おわりに ―― 専門職との連携を、会社の力に

産業医を法令対応のためだけの存在とみなすか、専門性を活かして職場づくりの一翼を担ってもらうか。その向き合い方が、数年後の会社の姿に違いを生みます。健康診断の活用、治療と仕事の両立支援、メンタルや長時間労働への対応、そして職場巡視や衛生委員会での対話。どれも、産業医との連携を一歩深めることで、着実な成果につながる取り組みばかりです。
その先には、「健康経営優良法人」の認定という目標も見えてきます。これは単なる名誉ではなく、求職者へのアピールや離職防止につながる、れっきとした成長戦略です。
産業医の医学的な知見と、私たち社会保険労務士の労務管理の専門性は、組み合わさることで何倍もの力になります。「産業医との連携をどう深めればよいか」「両立支援の制度を整えたいけれど、何から手をつければよいか」――そんなお悩みがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。御社の健康管理体制づくりを、伴走しながらお手伝いいたします。

※本記事は産業医活用の基礎をまとめたものです。記載内容を満たすことが、法令上のすべての要求事項を満たすわけではありません。個別の事案については、産業医・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。

参考:中小企業事業主のために産業医ができること(独立行政法人 労働者健康安全機構)



この記事を書いたのは・・・

社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K

事業会社での人事労務キャリアを活かし、社会保険労務士として活動中。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、専門家の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員



サービスに関するお悩み、
ご相談やお見積り依頼等のお問い合わせはこちらから

※企業様からのお問い合わせを受け付けております。

電話アイコン

お電話でのお問い合わせ

03-6826-6333

平日9:00 - 17:30

ページトップへ戻る